ロベカルは音が違う
ベガルタ仙台のホーム、ユアテックスタジアム仙台はJリーグ屈指のスタジアムだろう。最寄り駅から近く、駅周辺にはショッピングセンターや飲食店も多い。そしてスタンドからフィールドまでの距離が近い。
陸上トラックがないだけで、試合の面白さは5割増しぐらいになる気がする。フィールドの中にいても感覚が違う。客席が陸上トラックで隔てられていると、フィールドが広く感じるのだ。フィールドの外まで視界に入ってくるせいか、ちょっと距離感がつかみにくかったりもする。
サッカー専用競技場での観戦の醍醐味の1つが「音」だ。体と体がぶつかる音、選手たちの声も聞こえる。ボールを蹴るときの音もその1つである。
初めてロベルト・カルロスを見たのはエバートン(イングランド)のホーム、グディソン・パークだった。もちろん専用スタジアムだ。ロベルト・カルロスが蹴ったボールはもの凄い音がしていた。当時はまだそれほど有名ではなかったが、聞いたことのない破裂音とともにすっ飛んでいくボールを見れば、タダ者でないことは誰にも理解できたはずだ。
永戸勝也がキック力のある選手だということは知っていた。ボールの飛び方が尋常でないのは映像でもわかる。ただ、それを実感したのはユアテックスタジアムのおかげである。ドンッという音とともにスピードのあるクロスボールがゴール前へ飛んでいった。
左利きは売り手市場
中学1年生までは快足のFWだったそうだ。中志津SCでプレーしていた中1の夏にサイドバックへコンバートされた。
「FWのままだったら、サッカーを辞めていたかもしれない」
そう振り返るほど、FWとしては行き詰まっていたという。思春期に急に体が大きくなると、それに比例して上手くなる人もいれば、バランスが変わってきて思うようなプレーができなくなる子もいる。永戸は後者だったようだ。
サッカーでは左利き用のポジションがある。左サイドバックだ。オランダはセンターバックの左側も左利きにこだわる傾向があるが、どうしてもというわけではない。しかし、サイドバックだけはサイドと利き足が同じであるべきというのは万国共通だ。
左サイドで、右足側にボールを置いて右足で縦にロングフィードするのと、左足側に置いて左で蹴るのとでは、単純にボールの届く距離が違う。射出の角度が違うからだが、ボールをどちらに置くかで視界も違ってくる。中盤から前に関しては、利き足がどちらでもとくに問題はないのだが、左サイドバックに関しては左利きが望ましい。
右サイドバックも同じ理由で右利きが望ましいが、たくさんいるのであまり気にされていないだけだ。左利きの割合は古今東西10人に1人程度だという。オランダやブラジルはもっと多そうだが、右利きに比べれば少ないのは確か。サッカーでは左利きに需要があり、いわば売り手市場といえる。
アシスト王が持つ隠し技
第29節時点で永戸はJ1リーグのアシストランキングでトップの8アシストを記録している。仙台は長沢駿とハモン・ロペスの2トップに高さ、強さがあり、クロスボールは得点源だ。ビルドアップでは形状変化して、サイドバックは高い位置へ送り出される。
永戸はほんの少し対面の相手をずらしただけで、鋭いクロスボールをゴール前へ送る。足の振りが鋭いこともあるが、球速そのものが速いので守備側が足を出す前に通過させてしまう。セットプレーでも永戸のスピードと精度のあるクロスボールは仙台の武器になっている。守備側からすると、思ったよりもボールが伸びてくるので守りにくそうだ。曲がるし速いし、しかも落ちてくるうえに正確なのだ。
今季の活躍ぶりからすれば、いつ日本代表に招集されても不思議ではないと思う。ちなみに日本代表の歴代左サイドバックはほとんど右利きだ。例外は三都主アレサンドロぐらいで、長友佑都、駒野友一、相馬直樹、都並敏史は左足も使えるが全員右利き。
長友は左右どちらのサイドでもプレーできるし、安西幸輝も同様。右の酒井宏樹はマルセイユでは左サイドバックを任されることも少なくない。限られた代表メンバーなので、複数のポジションをこなせるのは有利ではあるが、山中亮輔(浦和レッズ)が横浜F・マリノスでブレイクすると即招集となった例もある。レフティはやはり需要がありそうだ。
永戸のプロ初ゴールは右足の一発で、実はカットインしての右足シュートもけっこう強力だ。典型的なレフティと見せておいての隠し技も持っている。
(文:西部謙司)
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