エジルを起用しない理由をはぐらかす指揮官
希少価値か絶滅危惧種か――。
メスト・エジルが追い込まれている。アーセナルにウナイ・エメリ監督が着任した昨シーズンから、優先順位は下がる一方だ。今シーズンもダニ・セバジョス、ジョセフ・ウィロックに次ぐ三番手。エメリが典型的な10番タイプを嫌い、インサイドハーフもこなせるような選手を重宝するため、エジルは構想外とも考えられる立場まで転落している。
「インテンシティを優先した人選」「コンディションが整っている選手を優先した」。エジルが先発から外れるたびに、あるいはベンチに座ったままで試合が終わった場合、エメリは似たような発言で取り繕ってきた。インテンシティを優先した――は、それなりに説得力がある。エジルが得意とするフィールドではない。からだ。しかし、コンディション云々に関してはいささか疑問が残る。エジルが万全のコンディションを整え、笑顔でトレーニングに励んでも、チャンスさえ与えられないケースがしばしばあった。
ヨーロッパリーグ1節のフランクフルト戦でも、エメリはエジルを先発から外した理由を「休養」とした。休ませる? この一戦までに71分しかプレーしていないのに休ませる? エジルのコンディションは整っていたものの、エメリは端から使う気がなかったのだろう。好き嫌いなのか、それともなんらかのペナルティーなのか。近ごろはメディアがエジルの具体的な起用プランを質問しても、「われわれは前進している。選手全員を使い、さらに上を目指したい」と、抽象的な表現で逃げはじめた。
現場の権限は監督にある。したがってエメリがエジルを使わなくても、法に触れるわけではない。前方から激しくプレスする場合は、そのゲームプランにふさわしい選手を起用すべきだ。また、素早く攻めるというコンセプトに基づいたチーム創りのため、ポゼッションやパスワークはある程度、犠牲にならざるをえない。
およそ6割がエジル残留を支持
しかし、ハイプレスは一貫性を伴っていない。素早く攻めるといっても、ダビド・ルイスのロングフィードが頼りだ。要するに、攻撃では中盤と二列目が機能しておらず、エメリが頑ななまでにエジルを使わない理由が、セバジョスにプライオリティを置く正当な理由が、どこを探しても見当たらない。
試合前日の記者会見で、エメリは頻繁にこう語るようになってきた。「ボールを丁寧にキープし、試合をコントロールする必要がある」。アーセナルはボールロストが少なくなく、試合内容もバタバタしている。9節のシェフィールド・ユナイテッド戦を前にした会見でも、エジルに関する数多くの質問に嫌気が差したのか、ブカヨ・サカの長所に触れて質問をはぐらかそうとした。言行不一致というか無責任というか……。
「試合に出られないので無力感に押し潰されそうにもなるけれど、われわれ選手は監督が決めたことに従うしかない。でも、契約が満了する21年の6月まではアーセナルの一員だ。たとえつらくても逃げはしない。ここが私の居場所なのだから……」
エジルは残留を宣言した。エメリはできれば使いたくない。週給35万ポンド(約4900万円)を踏まえると、上層部も来年1月には放出したいだろう。試合に出ていない選手に対し、無駄な出費は避けたいからだ。
しかし、イギリスのテレビ局『BT SPORT』のアンケートでは、総投票数のおよそ6割がエジル残留を支持し、残る4割が「エメリ、アウト」だった。各ポジションにエネルギッシュなタイプが必要とされる近代フットボールに、典型的な10番タイプは時代後れかもしれないが、現在の立ち位置はあまりにも不憫だ。
いまこそ再検討すべきエジルの起用
エジルが帯同さえしなかったシェフィールド戦(前出)で、アーセナルは0-1の敗北を喫した。5節のワトフォード戦は2点のアドバンテージを守り切れず、続くアストン・ヴィラ戦は3-2の勝利を収めたものの、命からがらの3ポイントだった。また、7節はユナイテッドの拙攻に助けられて1-1の引分け、8節はボーンマスがシュートミスを連発したおかげで、1-0の辛勝である。0-2から驚異的に立ち直り、2-2に持ち込んだノースロンドンダービーを除くと、周囲を納得させるパフォーマンスを見せていない。
センターバックのソクラテス・パパスタソプーロスはパスをつなげず、新戦力のニコラ・ペペとセバジョスは、プレミアリーグのリズムにまだフィットできていない。左足首を痛めているアレクサンドル・ラカゼットも、コンディションを取り戻すまでにもう少し時間がかかる。攻撃はピエール=エメリク・オーバメヤンだけが頼りだ。彼を抑えられると、リズムもテンポも上がらない。
いまこそエジルの起用を再検討すべきではないだろうか。ライン間で前を向きながらボールを受け、瞬時に決定的なパスを配するプレーメーカーを二列目中央に配置するだけで、相手DFにはプレッシャーがかかる。中盤センターも引き寄せられていく。陣形が崩れる。アーセナル、チャンス到来。
監督たる者、選手の短所ばかりあげつらわず、長所を有効活用する度量の大きさも必要だ。エジルはみずからもインテンシティの不足を認めている。ならばルーカス・トレイラ、マテオ・ゲンドゥジの闘争本能と運動量で補い、彼らにはないプレービジョンでエジルがチームを支える、というプランを描けないものだろうか。ハードワーカーを11人揃えても絶対に勝てない。
エジルをどこで使うのか、ロブ・ホールディングとカラム・チェンバーズの復調で3バックを導入するのか、ミスの多いグラニト・ジャカをどこまで我慢するのかなどなど、アーセナルには問題が山積している。筋が通らないコメント(前述)で逃げず、エメリは最適解を一日でも早く見いださなくてはならない。
「トッププレーヤーでも特別扱いしない厳正な姿勢」と、Head of Football(実質ディレクター職)のラウル・サジェイは監督の方針を支持したが、最低目標の4位以内が難しくなった瞬間、手のひらを返されても不思議ではない。現状、アーセナルはもどかしすぎる。
(文:粕谷秀樹)
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