イングランド代表のレジェンドであるデイビッド・ベッカム【写真:Getty Images】
これまでにも数々のフリーキックの名手がサッカー界を賑わしてきた。現在でいうとリバプールのトレント・アレクサンダー=アーノルドがサイドバックながらセットプレーから絶妙なクロスや強烈なシュートでゴールシーンを演出している。
さてそんなイングランド代表選手にとって、FKの名手として一番最初に思いつくのは、やはりデイビット・ベッカムではないだろうか。ファンにとって忘れられない伝説的なフリーキックがある。2001年10月6日、オールド・トラフォードで行われた日韓ワールドカップ欧州予選の最終節ギリシャ戦における素晴らしいキックだ。イングランドサッカー協会公式ツイッターがこのシーンの動画を投稿し、人気を集めている。
この一戦はイングランドにとって日韓ワールドカップ出場をかけた非常に重要な試合だった。
最終節を残した時点でイングランドは同組のドイツと勝ち点が並んだ状態。得失点差で上回って首位に立っていた。
しかしイングランドにとって不運だったのは、リバプールでも代表でも絶対的エースのマイケル・オーウェンを欠いたことだろうか。中々リズムを掴めなかったサッカーの母国は先制点をギリシャに許してしまう。後半途中にトッテナム所属のFWテディ・シェリンガムのゴールで追いくものの、直後に失点し再びビハインドを負うと、その後はギリシャの堅守を崩せず時間だけが過ぎていった。
先に試合を終えたドイツはフィンランドと引き分けたことで、イングランドはギリシャ戦で引き分け以上の結果でワールドカップ出場を決めることができる。ただあと1点が決まらない。攻めあぐねるイングランドはとうとう後半ロスタイムを迎えてしまう。
スコアはいまだに1-2で、このまま敗戦かと思われた。悪い雰囲気が立ち込める中、93分に先制点をゲットしたシェリンガムが倒されてFKを獲得する。
これがほぼラストワンプレー。ゴール正面だがやや距離のある位置だった。一筋の希望にすがるファンの視線を一身に受けてセットプレーを蹴る準備を始めたのがベッカムだ。簡単な位置ではないものの、外せば地獄、決めれば天国。
そんな大きなプレッシャーの中で蹴ったボールは、綺麗な弧を描いてGKの逆をついてネットに突き刺ささる。イングランドが日韓ワールドカップ出場を確定させた瞬間だった。
そしてこのゴールは、ベッカムのイメージを一変させるものでもあった。
振り返れば前回大会の1998年フランス・ワールドカップ以来、ベッカムへの風当たりは厳しいものだった。ベスト16のアルゼンチン戦で、現アトレティコ・マドリー監督ディエゴ・シメオネに蹴りを入れて退場。最終的にイングランド代表はPK戦で敗北したこともあり、批判の矛先は23歳の若者に向けられた。
この時のネガティブな印象が、その後の数年間も彼に付きまとった。本人も「当時はとても辛い日々を過ごした」と振り返っている。
それから3年の時を経て、ベッカムは自身が育ったオールド・トラフォードで母国を救うFKを決めた。もはやイングランド国民の中にベッカムを悪く言う者はいない。
“大戦犯”ベッカムが、“母国の英雄”となった瞬間であった。
(文:内藤秀明)