もどかしかった0-0の前半
アジアにおけるアウェイでの戦いが、かくも厳しいものかと改めて実感させられる一戦だった。
現地15日に行われた2022年カタールワールドカップのアジア2次予選で、日本代表はタジキスタン代表にアウェイで3-0の勝利を収めている。だが、大差のスコアがついた結果とは裏腹に、決して楽な試合ではなかった。
森保一監督は10日のモンゴル戦から先発メンバーを4人変更し、DF冨安健洋が負傷離脱した右センターバックにDF植田直通を起用。さらにMF柴崎岳の相方となるセントラルMFにはMF橋本拳人、右サイドにMF堂安律、1トップにFW鎌田大地が据えられた。
前半はボールを持つ時間こそ日本の方が長いものの、2万人の大声援からパワーをもらったタジキスタンの積極的な攻守に翻弄される場面は何度もあった。ビルドアップで厳しいプレッシャーを受け、甘くなったパスをカットされてカウンターを食らったり、センターバックとサイドバックの間にセントラルMFの脇から飛び出してくる相手の2列目の選手たちに苦しめられたり。
24分には橋本のミスからボールを奪われ、MFエフソン・パンジュシャンべにGK権田修一と1対1の局面まで持ち込まれた。もしあそこで権田の勇敢な飛び出しとセーブがなければ、試合の流れは大きく変わっていたはずだ。
タジキスタンは日本の戦術をよく研究してきていた。左右で特徴の違う日本のアタッカーを封じるためサイドごとに守備のアプローチを変えていたし、4-1-4-1の布陣に対する守備においてセントラルMFの2人の脇に弱点があることも承知していたように感じる。
実際、MF中島翔哉と堂安は多くの場面で動きを制限され、柴崎と橋本は守備で後手を踏む時間帯もあった。日本としてはコンパクトな陣形を保とうとするタジキスタンのディフェンスラインの背後を突くようなロングパスや、大きなサイドチェンジでなんとか相手を動かして綻びを作ろうと試みていた。それでも前半は鎌田やトップ下のMF南野拓実に効果的なパスはほとんど入らず、彼らは消えていたも同然。なんとか0-0で前半を終えた。
試合の流れを変えたポジションチェンジ
試合の流れを大きく変えたのは、南野の機転だった。後半になると鎌田と南野が明らかにポジションを入れ替え、前者はトップ下に、後者は1トップの役割をこなしていた。前半の終わり頃から同様の位置どりで攻める場面は何度かあったが、本格的にポジションを変更しているようだった。
実はこの2人の入れ替わりは、森保監督の指示ではなかった。鎌田が明かす。
「僕が森保さんに言われたわけじゃなくて、前半の途中から僕が一切ボールに触れなかったので、(南野)拓実くんも気を遣ってくれてそういう風に言ってくれた。僕自身も(トップ下に)変わりたかったし、ボールに触れないと本当に何もしていなかったので、後半に入ってそれが最初の形でうまくいっていたし、継続して今日はやりました」
南野と鎌田が話し合ったのは「前半の途中、40分くらい」だったという。そしてハーフタイムが終わり、ピッチに出た際に「このままやらせてください」とチームにも了承を得た。
この時、南野は何を考えて鎌田にポジション変更を提案したのだろうか。ゴールを奪って勝つために、3試合連続ゴール中だった背番号9は「あまりいい形でFWとかトップ下にボールが入らなかった」中で、走りながら最適な解決策を模索していた。
「前半はお互い入れ替わりながらやろうという話はしていて、後半はもうちょっと役割分担をはっきりさせて、俺が最終ラインで駆け引きして、(鎌田)大地がスペースを見つけていく。それは大地もチームでやっているプレーだと思うし、大地の特徴でもあると思うし、それを今日やってくれたからこそ、自分も動きやすいスペースができたと思う。そうやってお互いに長所を出し合ってプレーしていくのが重要でした」
これまでも鎌田は「自分はストライカーのタイプではない」と話しているし、南野も「1トップをやっていたこともあるし、FWの動き出しは結構できると自分で思っている」からこそ実現した役割の変更。大迫勇也という攻撃の絶対軸が不在の中、最適解は自分たちで見つけ出した。
そして後半、1トップに入った南野が2ゴールを挙げる。53分には中島のクロスに、ペナルティエリア内でフリーになってヘディングシュート。3分後の56分にはDF酒井宏樹が右サイドから送った鋭いグラウンダーのクロスに対し、ニアサイドに走り込んでヒールキックでゴールネットを揺らした。
トップ下・鎌田が感じた「やりやすさ」
相手の動きが落ち始めた時間帯ではあったが、「いかに相手のセンターバックの前に入ったり、裏を取ったりするかというところが勝負だ」と感じていた南野の「駆け引きで勝てた」。ヘディングシュートにしろ、2点目のヒールシュートにしろ、ストライカーらしいゴール前での動き出しは秀逸だった。森保ジャパン発足から10得点は大迫も上回る単独最多記録だ。
トップ下に入った鎌田も、持ち前のテクニックやキープ力を存分に発揮し、水を得た魚のように躍動した。やはり彼は体をぶつけながらゴールに背を向けてボールを受ける純粋な1トップの性質ではなく、前を向いたままボールをキープして時間を作ったり、自分の仕掛けでボールを運んだり、ラストパスを出したり、MF的な資質が要求される局面でこそ輝く。そこは鎌田自身も自覚している。
「後ろ向きでボールをもらうのが嫌なわけではないですけど、やっぱり中盤とDFの間とかでボールをうまく受けて、一気にターンして前に向いていけるのは自分の特徴でもあると思うし、中盤の方がやりやすさは感じます」
前半も中央の高い位置にとどまるだけでなく、サイドに流れて時間を作りながらプレーに絡もうとする動きはあったが、「あの動き自体は悪くないけど、前半の場合だと別にあの後の先が何もなかった」と鎌田は振り返る。
そして南野とポジションを入れ替えてからは「前半みたいにしっかり相手がマンツーマンのような状況でやっていたのに対して、(自分たちFWが)1個下がることで相手もついてきていなくて、うまくボールを受けて前も向けていた。ああいう場面で前を向けたら局面も一気に変わる」と実感した。
今回の2連戦では「大迫勇也の不在」をいかに乗り切るかというトピックがあった。その解決策として、「FWの動き出しは結構できる」という南野と「トップ下の方が僕自身もやりやすさは感じます」という鎌田が見せた機転や、新しい組み合わせは今後に大きな可能性を感じさせるものだった。
2人とも所属クラブで充実の日々を送り、今まさに右肩上がりの状態にある。南野はレッドブル・ザルツブルクでゴールを重ね、「やっぱり(チャンピオンズリーグのような)大舞台を経験して自信はついてきていると思います」と語る。
自信を深め理想に近づきつつある2人
シント=トロイデンVVからレンタル元のフランクフルトに復帰し、レギュラーに定着した鎌田も「今のチームで(試合に)出続けていたら代表は近い場所だと思う」と手応えをつかみつつある。「日本代表とフランクフルトで、正直やっていることは全然違う」というほどクラブと代表で求められる役割が全く異なることに若干の戸惑いこそあれ、昨季から状況は大きく変わった。
今後、このコンビをどう活用していくべきか。大迫がいる場合は彼のキープ力や起点となる能力の高さを生かし、ゴールに向かうプレーが持ち味の南野がトップ下という役割分担は理に適っていると感じる。一方、大迫不在時は南野を1トップに据え、鎌田を不得手な1トップではなくキープ力や展開力を生かせるトップ下に配置するべきだと感じる。
鎌田自身、フランクフルトで主に3-4-1-2のトップ下として起用されている。そこでは守備的MFを指す「6番」や攻守をつなぐリンクマン的な「8番」、攻撃を司る「10番」など展開に応じて攻守に幅広い役割をこなしている。
その経験を通して「昨季は点を取らないと『上(フランクフルトやブンデスリーガ)に戻れない』という状況で、点だけ取っていましたけど、今は自分の目指しているプレースタイルに近づけていると思う」と感じており、中盤でのプレーを重ねることによって「世界でやっていくためには中盤の真ん中をできるようになりたいと思っていたので、だんだん自分の思い描いているところに来られている」と自信を深めている。
南野も「お互いに長所を出し合ってプレーしていくのが重要」と感じながら、「大迫選手はすごくいい選手ですし、このチームの絶対的な選手だと思いますけど、そういう選手がいない中でも、今いるメンバーでやらなきゃいけない。今いる選手たちもベストのメンバーだと思うし、そういう意味では総力戦で今日も勝てたのは、チーム力という部分を皆さんに示せたんじゃないかと思います」と手応えを口にした。
南野と鎌田が開いた新たな扉の先には、自分たちの力で掴み取った勝利という結末があった。キャプテンのDF吉田麻也も「ピッチでやるのは自分たちだし、(うまくいかなかったら)話し合うのが当たり前。舞台が上に行けば行くほど、そこで修正する能力というのは難しくなってくるので、今のうちに慣れておくのは大事」と力説する。11月以降の日本代表でも、主体性ある若い2人の力はチームを大いに助けるはずだ。
(取材・文:舩木渉【タジキスタン】)
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