ビッグ6の崩壊
プレミアリーグ発足からサー・アレックス・ファーガソンが退任するまで、およそ20年間はマンチェスター・ユナイテッドの天下だった。アーセナルのアーセン・ヴェンゲルが食い下がり、チェルシーのジョゼ・モウリーニョがマインドゲームを仕掛けても、世間とメディアはファーガソンに集中していた。スティーブン・ジェラードを擁したリバプールも含め、<ビッグ4>がヨーロッパを席巻した時代があったとはいえ、格付けとしてはユナイテッドが圧倒的優位に立っていた。
しかし、ユナイテッドはファーガソンの退陣によって迷走し、ヨーロッパでもイングランドでも格が下がっている。また、アーセナルもヴェンゲルが補強を怠った結果、プレミアリーグの制覇から15年も見放されたままだ。代わって台頭してきたのが、マンチェスター・シティとトッテナムである。いつしか、イングランドのメディアはこの2チームを加え、<ビッグ6>と呼ぶようになった。
もっとも、ビッグ6がリーグ優勝を激しく競り合ったケースは一度もない。昨シーズンはシティとリバプールが未曽有のマッチレースを展開した。一昨シーズンはシティが2位ユナイテッドに19ポイント差をつけて戴冠し、3シーズン前もチェルシーが余裕でテッペンに立っている。ビッグ6の激戦は展開されず、とくに直近2シーズンはシティが完全な軸だ。
また、シティに対応しうるのはユルゲン・クロップ率いるリバプールだけで、その他4チームとの実力差は広がるばかりだ。各OBもすでにあきらめの境地に入っている。
「いったい、いつまで辛抱すればいいのか」(アンディ・コール/元ユナイテッド)
「われわれとシティ、リバプールの差は途方もなく離れている」(レイ・パーラー/元アーセナル)
「追いつくどころか、その差はさらに大きくなった」(ジャーメイン・ジーナス/元トッテナム)
「優勝を争えるはずがない」(ルート・グーリット/元チェルシー)
ユナイテッドのグレードダウン
永い春が終わった後、ユナイテッドとアーセナルが苦しんでいる。前者はファーガソンが27年、後者はヴェンゲルが23年も、手塩にかけて育てたチームだ。ただ、20余年は長すぎる。わずか2~3週間で監督を代えるよりは、ひとりの男に現場を託すべきだとは思うが、長期体制はおのずとして組織の硬直化を招く傾向が強い。いわゆるマンネリだ。しかも人間、歳をとると周りの意見を聞かなくなり、成功体験に囚われて時代に取り残されていく。
ましてユナイテッドは、バトンタッチに失敗した。ファーガソンからデイビッド・モイーズへ――。この、ヘンテコリンが過ぎる人選によって、ユナイテッドの迷走はいまもなお続いている。シティはマヌエル・ペジェグリーニからジョゼップ・グアルディオラへ、リバプールはブレンダン・ロジャーズからユルゲン・クロップへ、監督のレベルはグレードアップした。
当時、ファーガソンに並び称される監督が少なかったとはいえ、よりによってモイーズに白羽の矢を立てるとは……。エバートンを率いていた当時も主力のコンディションがすべてだった。案の定、ノープランを露呈し、10か月足らずで解雇されている。モイーズを推薦した役員会は重罪だ。
さらに、その後も時代に取り残されていたルイ・ファン・ハール、時代に取り残される気配が濃厚だったジョゼ・モウリーニョと迷走が続き、現在は監督としてチェリー同然のオーレ・グンナー・スールシャールだ。グアルディオラやクロップと闘えるはずがない。中堅クラスの監督でも、経験、実績、ゲームプランの構築など、スールシャースを上まわる手練れは少なくない。かくしてユナイテッドは、ビッグ6から外れていった。
アーセナルの怠慢
アーセナルの場合、移籍市場のミスも見逃せない。ヴェンゲルは積極的に補強するライバルを「マネードーピング」と批判するだけで、自チームの弱点である守備面の補強を怠った。もちろん、経済的な理由もあるのだろうが、それならば攻撃陣をひとり削って補強費を捻りだすとか、ローンを活用するとか、いくつかのプランが考えられるにもかかわらず、ヴェンゲルは無策に等しかった。監督にすべてを委ね、CEOらしい仕事をしなかったアイヴァン・ガジーディス(現ACミランCEO)の罪も非常に重い
パク・チュヨン、イーゴルス・ステパノプス、パスカル・シガン、アンドレ・サントス、フランシス・ジェファーズ……。パニックバイなのか、エージェントにつかまされたのか、彼らが強豪アーセナルにふさわしくないのは、だれの目にも明らかだった。
さらにロビン・ファン・ペルシー、コロ・トゥーレ、ガエル・クリシ、サミ・ナスリ、アレクサンドル・ソングなどが、金銭的条件とクラブの野心に疑問を抱いて退団。しかも彼ら全員がフリートランスファーだ。戦力を維持できず、換金も叶わず、補強もしない。凋落は当然だ。
チェルシーの誤解
バトンタッチの最たる失敗例はチェルシーだ。
とにかく監督を大切にしない。昨シーズンまでの5シーズンでも、モウリーニョ→アントニオ・コンテ→マウリツィオ・サッリと、実績のある監督を次々に入れ替えた。また、カルロ・アンチェロッティのように、好結果を出しても試合内容がつまらなければクビというケースもあった。
07/08シーズン、モウリーニョを解任した後、暫定監督のエイブラハム・グラントはチャンピオンズリーグ決勝に進出している。11/12シーズン、アンドレ・ヴィラスボアスの後を受けたロベルト・ディマテオは、ヨーロッパの頂点に導いている。したがってオーナーのロマン・アブラモヴィッチは、「監督を代えさえすれば当座はしのげる」と誤解しているのだろう。
この考え方がチェルシー低迷の元凶だ。群雄割拠のいま、ビッグクラブにも失敗は付きものだが、アブラモヴィッチはつねにメジャータイトルを欲し、監督交代が最善策と信じて疑わなかった。その結果、直近5シーズンで二度もチャンピオンズリーグの出場権を逸している。チェルシー低迷の元凶は、間違いなくアブラモヴィッチだ。かつての威光を取り戻したいのなら、現状を冷静に、正しく把握しなければならない。
また、トッテナムも二強の牙城を崩すには至らなかった。5位、3位、2位、3位、4位と、就任5シーズンで安定感をもたらしたマウリシオ・ポチェッティーノの采配は高く評価するものの、経済力でシティに、ブランドイメージでリバプールに、ついぞ及ばなかった。夏の移籍市場でも失敗が重なり、ポチェッティーノのイメージどおりにチームを創れず苦戦している。近ごろ、監督とハリー・ケインの批判はやや内向きだ。サイクルの終焉か、崩壊の前兆か。
こうして4チームが崩れ、シティとリバプールはお互いをより強く意識しはじめている。しかし、彼らは一朝一夕にして今日の地位を築いたわけではない。両チームともに綿密なプランのもと、辛い時代から抜け出したのだ。(以下、後編に続く)
(文:粕谷秀樹)
【了】