ナポリ相手に互角の勝負を演じたヘンク
価値のあるドローだった。10月2日、突然の土砂降りが止むと、冷たい空気に支配されたベルギーの静かな田舎町――。
チャンピオンズリーグ(CL)のグループE第2節。KRCヘンクは、ホームにSSCナポリを迎えた。
4日前のリーグ戦では、シント=トロイデンVVを相手に3点のリードを守り切れず、守備が崩壊。だが、伊東純也は「あの試合は忘れてナポリ戦に切り替えようっていう話だったので、特に引きずることはなかったです」と言う。
試合後に日本代表MFがそのように振り返ったとおり、ヘンクは守備面で不安定な姿を見せず、ナポリを相手に一歩も引かなかった。伊東によれば、セリエAを代表する強豪に対して、チームの一番の狙いはしっかりとブロックを組んで、素早くカウンターを繰り出すことだったという。ボールを持たれる時間が長くなることを予想してのことだった。
しかし、実際に試合が始まってみれば、ヘンクはボールを支配されるどころか、後方からしっかりとパスを繋いでナポリのゴールに迫ったのだ。高い位置でボールを奪い、ショートカウンターで急襲する場面もあった。2-6と大敗した第1節のレッドブル・ザルツブルク戦が嘘だったかのように、ヘンクの選手たちは躍動し、果敢に攻め立てた。
伊東は言う。
「ザルツブルク戦は早い時間で失点してしまって、自分たちのプランが崩れて、そこからみんな自信を持ってプレーできなくて、どんどんやられてしまったというイメージがある。今日はホームということもありますし、上手く試合に入れて、互角の試合ができたかと思います」
伊東純也に求められた「役割」
もちろん“運”に助けられた部分もある。15分にナポリの波状攻撃を受けた時には、立て続けにポストとバーに助けられ、同様に26分、右からのクロスをアルカディウシュ・ミリクがヘディングで放ったシュートも、バーに当たって枠外に逸れた。
ナポリは、格下相手に勝ち点3を確保することを焦っているかのようだった。攻撃が雑になりがちで、フィニッシュの精度を欠いた。対照的に、時計の針が進むにつれて、落ち着きを取り戻していったヘンクの選手たちは、「自信を持ってプレー」したと言えるだろう。
“英雄の息子”ヤニス・ハジは、個のクオリティおいて、ナポリの選手たちに一歩も引けを取らなかった。そして伊東も、前半が終わりに近づくにつれて、高い位置で仕掛けてファウルを貰うなど、“強み”を徐々に発揮していく。
前半は「体が思うように動かなかった」と日本人アタッカーは言う。CLの舞台は「やっぱり雰囲気が違う」と感じた。独特の「雰囲気」に少し飲み込まれたのかもしれない。だが、なかなか試合に絡めなくとも、伊東に焦りはなかったようだ。
「試合の流れとかもありますし、ボールが来ない時は来ないですけど、しっかり自分の役割をやって、来た時にしっかりできればいいと思っていました」
「自分の役割」――フェリス・マッズ監督は、サイドハーフの選手に高い守備意識を求めるという。
試合終盤に訪れた「1点もの」の大チャンス
伊東は、心掛けた。
「ザルツブルク戦の時、守備の部分で物足りないって言われて前半で替えられたので、そこだけはしっかりやろうと思いました。サイドバックを助けられるように、1対1にしないように、2対1で守れるように常に意識していました」
このように、試合中に守備面での献身性を忘れなかった日本代表MF。そして、決して守備に忙殺されず、後半に入ると、右サイドでさらに“強み”を発揮していった。スピードを活かして裏に抜け出し、クロスを入れる。中央にポジションを移し、味方のスルーパスに抜け出す。
「うまくスペースに走り続けて、チャンスが来ればいいなと思っていたし、何回かそういう場面もあったので。点に繋がれば良かったですけど…最低限の出来かな、と思いますね」
78分には、中盤でアランの横パスをカット。そのままスピードに乗って、目の前のファビアン・ルイスをかわす――。1対2の決定的なチャンスを作られることを覚悟したスペイン人MFは、たまらず伊東を倒して、イエローカードを貰った。
「ビッグチャンスだったと思います。ファールされたのでしょうがないですけど、あれが抜けていれば、1点ものだったかと思います」
83分には、右サイドで裏に抜け出した伊東が、マイナスに折り返す。敵に当たってコロコロと流れたボールを、アランが滑ってクリアし損ねた。目の前に来たボールを、ハジが躊躇わずダイレクトでシュートを打つ。
「相手が滑って、ビッグチャンスになりましたね。あれが決まっていれば勝っていたので、惜しかったなあと思います」
「もう少しアイデアが必要だった」
試合の終盤には、ヘンクの選手全員が自陣に引いて、カウンターを狙った。伊東も守備に奔走。敵将のカルロ・アンチェロッティ監督は、72分に長身のスペイン人FWフェルナンド・ジョレンテを投入したが、この交代策は実らず。ヘンクが最後までギアを落とさず戦い切ったことで、ナポリとの一戦は、0-0のドローに終わった。ゴール裏で声を張り上げていたファンたちは、試合終了の笛が鳴るや否や、まるで勝ったかのように歓喜に沸いた。
試合後、伊東は次のように振り返った。
「たぶん誰もがヘンクが負けると思っていたと思うんですけど、いい勝負ができたかなって思いますし、チャンスがあったので勝ちたかったっていうのはあります。けど引き分けたことについては、サポーターも喜んでいたので良かったかなと思います」
もっとも、CLの常連であるナポリに対して「互角の試合」を演じたが、伊東は自分のプレーについて「納得していない」と言う。
「もっとできると思います。結構守備で走っていたので、攻撃にパワーを使おうと思ったときに少し足がもつれたり、自分のイメージ通りにいかない場面もありました。ボールを持った時に、もう少しビッグチャンスまで完結させたかったなっていうのがありますし、サイドで持ったときにもう少しアイデアが必要だったと思いますね」
CLのグループステージは全6試合。今回のナポリ戦で得た“課題”に取り組み、改善していくだけの実戦は残されている。欧州最高峰の舞台の数々は、伊東を、サッカー選手としてさらに磨いていくに違いない。
そして、次の対戦相手はリバプール。
「前回王者なので、失うものはない。チャレンジしていきたいと思います」
昨季CL覇者との一戦で、伊東は、さらなる進化の契機を掴むに違いない。
(取材・文:本田千尋【ヘンク】)
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