中心選手が不在も、有効な手は打てず
前線のスピードを活かしたカウンターなのか。いやいや、チーム全体として縦の意識が薄く、パスの精度も著しく低かった。ポゼッションが基本プランなのか。いやいや、つなげる選手はほとんどいない。アーロン・ワン=ビサカとスコット・マクトミネイはパスミスを繰り返し、頼みのフアン・マタもボールロストを連続した。
いったい何がしたいのか、まるっきり伝わってこない。0-2……。マンチェスター・ユナイテッドは、成す術なくウェストハムに敗れ去った。
足首を負傷しているポール・ポグバが使えないのだから、苦戦は覚悟の上だった。
いい意味でも悪い意味でも、近ごろのユナイテッドは彼しだいである。この、底知れぬポテンシャルを持つMFがやる気になった際は、公式戦8勝2分という快進撃が可能になる。一昨シーズン32節のマンチェスター・ダービーでは、鬼気迫るパフォーマンスで2点のビハインドを逆転した。
ところが、ポグバのメンタルが低下したり、コンディションを崩したりすると、ユナイテッドは下り坂でも加速する。こうした症状には、オーレ・グンナー・スールシャール監督も気づいていたはずだ。
攻めたくても攻められない。したがってウェストハム戦は、堅守速攻を基本戦略に用いるべきだった。前線にダニエル・ジェームズを残し、マーカス・ラシュフォードは左サイド。中盤をマクトミネイ、ネマニャ・マティッチ、フレッジで固め、右サイドはジェシー・リンガード。守備重視の4-1-4-1が妥当だった。
ポグバに加え、アントニー・マルシャルをハムストリング痛で、新星メイソン・グリーンウッドも扁桃炎で欠場する。さらにロメル・ルカクとアレクシス・サンチェスがインテル・ミラノに移籍し、前線の人手不足は明らかだ。当然、中盤か最終ラインの数を増やして対抗するしかない。
ロイ・キーンもモウリーニョも手厳しく…
それでもスールシャールは、基本フォーメーションと思われる4-2-3-1に、他の選手を当てはめただけだ。クロッサーでもドリブラーでもないアンドレアス・ペレイラをウイングに起用する人選も含め、無策が過ぎる。
1点のビハインドで後半の半ばを過ぎても、ユナイテッドのギアは上がらなかった。マイボールになってもリアクションが遅く、いや、リアクションすらしない。ボールサイドにいる選手もなんとなく動いているだけで、逆サイドは我関せず。ウェストハムのアンドリー・ヤルモレンコに、バリー・マグァイア、ビクトル・リンデレフ、アシュリー・ヤングが張り付いていることもしばしばあった。ゴールを、チャンスメイクを放棄しているかのようだ。
また、0-2とされた84分以降も、なぜかマグァイアは最終ラインに位置している。世界屈指のストロングヘッダーを前線に固定し、ロングボールに活路を見いだそうとは考えられなかったのか。マグァイアであれば、ヤングが放つ世界一雑なクロスでも競り勝つ公算が大きい。
スールシャールは、コーチのミック・フィーラン、マイケル・キャリックは何も指示せず、苦しみもがく選手たちを傍観するだけだった。
「クオリティーも意欲もない個性もない。リーダーはだれなんだ!? この先どこまで落ちぶれるのか、想像するだけでも恐ろしい」(ロイ・キーン)
「現状をふまえると、ウェストハム戦の結果は妥当といえる。スールシャールが建て直せるとは思えない」(ジョゼ・モウリーニョ)
元キャプテンと前監督も手厳しかった。
開幕6試合で2勝2分2敗。デイビッド・モイーズ体制下(2013/14シーズン)の2勝1分3敗を辛うじて上まわっている。昨シーズン、チャンピオンズリーグのラウンド16でパリ・サンジェルマンを大逆転した後、公式戦16試合は4勝2分10敗。史上最低といわれた元監督も、16試合で10敗はしていない。
解任倍率は7倍。次節アーセナル戦が正念場
非常ベルが鳴っている。
外様に厳しく、身内に甘いポール・スコールズ、ガリー・ネビルといったOBは、「経験と時間が必要だ」とスールシャールを庇うが、4勝2分10敗は解雇の裏付けにもなるデータだ。10敗のなかにウォルヴァーハンプトン(2回)、エヴァートン、カーディフ、クリスタルパレス、ウェストハムと、勝ってしかるべき相手が5チームもある。
昨シーズン最終節などは、降格が決まっているカーディフにホームで0-1。歴史に残る大失態だ。直近9試合のアウェーも3分6敗。5得点・18失点。クリーンシートはゼロ。ユナイテッドを牛耳るグレイザー・ファミリーが、厳しい断を下したとしても驚きではない。
いわゆる格下が相手でも、スールシャールは先手を奪われると浮足立つ。妥当なゲームプランは思いつかず、明らかに落ち着きがなくなる。今シーズンの2勝も先行逃げ切りで、18年12月19日の暫定監督就任以降、逆転勝ちしたケースは一度もない。スールシャールの底が知れた。
サポートすべきキャリックも監督同様に指導者としてのキャリアは浅く、フィーランは時代後れだ。彼はその昔、サー・アレックス・ファーガソンの隣に座っていたにすぎない。
マンチェスター・シティやリヴァプールに比べると、首脳陣の質も低い。ポグバのように自尊心が高く、名選手のヒエラルキーに敏感なタイプはコントロールできそうもない。スールシャールとコーチングスタッフは、ポグバに見下されているということだ。
それでもポグバを軸に据えなければ何もできない。非常ベルの音が大きくなってきた。今後は毎試合が最終テストに位置付けられる。
次節はホームのアーセナル戦だ。ニコラ・ペペ、アレクサンデル・ラカゼット、ピエール・エメリク=オーバメヤン、ダニ・セバージョスなど、強力なアタッカーを擁している。スールシャールにとっては厳しい相手との厳しいテストになるが、ポグバが間に合いそうもない。マルシャルとグリーンウッドも微妙であり、ラシュフォードはウェストハム戦で左足鼠蹊部に違和感を訴えた。
アーセナル戦では結果も内容も求められる。改善の余地がみえなかったとしたら、何かを変えなければならない。ボグバはおそらくアンタッチャブルだ。
スールシャールの立場がいよいよ怪しくなってきた。9月23日現在、イギリス『sky sports』は解雇される倍率を7倍に設定した。やけに現実的な数字である。
(文:粕谷秀樹)
【了】