「クラブは僕を出してはくれなかった」
やっぱり、というか、結局、というか、ネイマールは今シーズンもパリ・サンジェルマン(PSG)に残ることになった。
フランスのメディアは、『PSGはネイマールを引き止めることに成功した』と報じているが、成功だったかどうかは、まあシーズンが終わる頃にわかるだろう。
がしかし、ブラジル代表のアメリカ遠征から戻り、さっそく先発フル出場した第5節のストラスブール戦では、アディショナルタイムに華麗なバイシクルシュートを決めて、チームに貴重な勝ち点3をもたらした。PSG に残ると決まったからには、ここで彼は、最高のものを手にいれるべく全力を尽くすはずだ。
…というようなことは、本人もストラスブール戦後、取材エリアで話している。
「移籍のことについて話すのはこれが最後」と本人も言っているので、これは貴重なコメントだ。ポルトガル人記者さんから頂戴したコメントはこちら。
「僕が移籍を望んでいたことは知ってのとおりだ。僕自身も繰り返しそう発言していた。でも、交渉の詳細については触れたくない。僕には、自分自身が求めるモチベーションがある。それは、PSGというクラブに対してどうこう、というのではなく、自分がどう感じるかということ。違うな、と感じたら、誰もが居場所を変えたいと思うものだ。
僕はあらゆる手を尽くしたけれど、クラブは僕を出してはくれなかった。だからこの件はもう終わりだ。これ以上はこの件については話さない。いま僕の意識はPSGに向いている。ピッチで全力を尽くすよ。ここでプレーすることに完全に集中しているし、これまで所属したクラブでそうしてきたように、ここでもすべてを出し切ってプレーする。それが僕の仕事だからね」
立派なコメントである。
金銭+選手のオファーもPSGは…
“あらゆること”は、ネゴシエーション上の根回しであるとかいろいろあったと思うが、バルセロナからの移籍金が不十分なら、自分のポケットマネーから2000万ユーロを出す、とまで言ったと報じられた。2000万ユーロといえば、およそ24億円である。これをポケットマネーといえるかどうかはさておき、よほど出たかった、という彼の意思は十分にくみとれる。
今回のPSGとバルセロナの間の交渉をおさらいしておくと、レオナルドSDが、話し合いが難航している経緯について、8月30日の第4節メス戦の後にメディアにこう話している。
「こちらが(トレード要員として)誰かを要求している、というのではなく、あちら(バルセロナ)が『この選手でどうか』と提示してきた内容について、こちらが納得できるかどうかだ」
バルセロナ側は、金銭で約1億3000万ユーロ(約154億円)、プラス選手、というディールを持ちかけていたらしいが、そのトレードされる選手に、パリ側が首を縦に振れるかが肝だったわけだ。
PSG側はウスマンヌ・デンベレなら応じる心積もりだったようだが、22歳のデンベレは、「キャリアはこれから!」という時に母国リーグに逆戻りする気などさらさらない。
バルセロナ側がイバン・ラキティッチ(31歳)を提案してきたという噂も流れたが、これはパリ側が却下。バルセロナはその過程において「我々は、本人の意志の確認なく選手を交渉の手段として差し出すようなことは絶対にしない」というクラブのポリシーも明確にした。
ブラジルの至宝が移籍を望んだ理由
ということで双方の意見を総合すると、バルセロナの選手で「パリにトレードしてもいいよ」と本人が同意した中に、PSGが納得できる名前がなかった、ということになる。
カタール側はそもそもネイマールを手放したくなかったのだから、トレードを飲むならフランス代表のウスマンヌ・デンベレ一本張りくらいの強気だったのかもしれない。
そして結局、ブラジル代表に招集されていたネイマールは、メルカートの閉幕を待たずにアメリカへ旅立った。その時には、今シーズンもPSGで過ごすことになるのだと、わかっていただろう。
ネイマールのコメントの中で気になったのは、移籍を望んだ理由は、「自分のモチベーションの問題」と話していることだ。
これはもう、「だからいわんこっちゃない」と言うしかない。むしろ「なんで来ちゃったの?」と彼に聞きたいくらいだ。実際尋ねたところで、「PSGのプロジェクトに惹かれた」という、決まり文句しか返ってこないだろうが、移籍が決まった直後、ブラジルから来た記者さんたちに意見を求めたときは、「彼は、ハートで動く。彼にとってサッカーは人生で、そのサッカーをやる場は家で、チームは家族だ。彼のハートが、ここに、自分の家族になれるものを感じとったのだろう」と話してくれた。
ネイマールのモチベーションに変化は生まれるか
PSG移籍が決まった2017年のあの時期、ネイマールの心に、なにか小さな隙間はあったのだろう。それが、巷が推測するように、「メッシのいるところじゃ自分がトップになれない」という思いだったのか、「別の環境でやってみたい」という願望だったのか、はたまた莫大な金銭だったのかはわからないが、人には誰しもそういう時がある。
スケールはまるで違うが、自分にもよくある。久々に会った友人に「あれ、バリ島に引っ越すって言ってなかったっけ?」「ロンドンに帰ったんだったよね」などと聞かれると、彼らに前回会った時の自分はそういう思いでいたのか、と我ながらびっくりすることがあるが、それを実際に行動に移してみて、「あ、違ったみたい」「やっぱり前のところのほうがよかった」と思うことも、これまたよくあることだ。
そこで筆者のような一庶民とネイマールの違いは、そこに莫大なお金や権利問題が絡む、ということ。
がしかし、ひとつはっきりしていることは、彼は、何よりも前に、そして非常にシンプルに、サッカー選手である、ということだ。彼がやりたいのはサッカーであり、そこで栄光を手にすること。それこそが生きがいだ。PSGに残ると決まったなら、ここで存分にサッカーに没頭して、獲れるものは全部獲ってやろうという、その言葉に偽りはない。
ひとまず、今年こそチャンピオンズリーグの決勝トーナメントで彼の姿を見たい。昨シーズンのマンチェスター・ユナイテッド戦で、レフェリーを「能なし」呼ばわりしたことで、最初の3試合は謹慎処分となるが、そこは仲間に頑張ってもらって、彼の活躍で悲願の優勝! …は、いったん置いて、ベスト4入りが達成できれば、彼の悩めるモチベーションの部分にも、何か変化が起こるかもしれない。
(文:小川由紀子)
【了】