ユベントスにもサッリ・スタイル浸透の兆し
2-2。決勝に行く力のある実力派同士の一戦は、欧州最高のコンペティションに恥じない熱戦だった。
昨季の対決では完敗したワンダ・メトロポリターノで、2点を先行したユベントス。一方リードを許してからも、得意のセットプレーを活かして勝ち逃げを許さなかったアトレティコ・マドリー。ドローの結果が示すように、それぞれに力をぶつけ合った試合は互角の内容とも言えた。どちらの陣営にも手応えと課題が残った試合だっただろう。
もっとも2点先行しておきながら勝ちきれなかったことで、悔恨の念が強かったのはユベントス陣営の方だったのかもしれない。「勝ち点3を持って帰れるところだったのに、2を失った」。試合後、衛星TVスカイ・イタリアのインタビューに応じたレオナルド・ボヌッチは悔しがった。
ただ試合前に見せていた不安要素を考えれば、ユーベにとっては収穫も少なくない試合となった。マウリツィオ・サッリ監督を招聘しチームを作り直したはいいが、戦術は浸透しきっておらず、直前のフィオレンティーナ戦ではドローも喫していた。だがこの試合では、強固な組織守備に定評のあるアトレティコを長短のパスワークで崩して、2点をもぎ取った上に惜しい決定機も数多く作った。
チェルシー時代に『サッリ・ボール』と呼ばれ、そしてナポリでは『サッリズモ』との名で称えられた攻撃的なスタイルは、ユーベにおいても浸透の兆しを見せ始めたということだ。
ユベントスの形とは?
高くラインを保って、ディフェンスラインから前線までをコンパクトな距離に保ち、プレスでボールを奪った後は長短のパスでキープして展開。この戦術コンセプトに、クリスティアーノ・ロナウドを筆頭としたユーベの選手をどう当てはめ、機能させるかが一つの課題となっていた。
ただ、マッシミリアーノ・アッレグリ監督のもと5年かけて固められたチームに新しいことを課すのは容易ではなかった。プレシーズンから腐心した結果、この試合までに落ち着いたのは次のような形だった。
4-3-3をベースに、「左サイドでプレーしたい」と強く希望したロナウドを左にセット。ただそれでは守備の強度が保てなくなるので、右ウイングは中盤に吸収させる。4-3-3というよりは、もはや変則の4-4-2だ。開幕からは主にドウグラス・コスタがこの右サイドの役割を担当していたが、故障したためこの日はファン・クアドラードが先発していた。
しかし選手はシステム上に並べられても、それでパスワークを実現できるかどうかは全く別の話だ。そしてこれまでの試合では、ナポリやチェルシーで披露したハイテンポのパスサッカーは披露できていなかった。どの選手もパスには2タッチ以上を掛け、選手もスムーズに連動して動いていない。時間帯によっては機能することはあっても、長続きはしていなかった。
アトレティコ戦の前半も然りだ。ラインを整えて守備をするところで手一杯で、パスを繋いでポゼッションの時間は稼いでも相手を崩す連動にはならない。逆にカウンターを狙ってくる相手の術中にはまり、新戦力のジョアン・フェリックスらの突破を食い止めるのに苦労していた。
だがそんな中でも、部分的に連動ができていたところもあった。C・ロナウドが左サイドに目一杯開き、できた中のスペースにブレーズ・マテュイディが飛び出す。後方のアレックス・サンドロと合わせちょうど三角形ができやすくなっており、キーラン・トリッピアーがカバーするアトレティコの右サイドを攻めていた。
先制ゴールダッシュで勢いは十分
そして、ボールを奪取した後で外のスペースを突く攻撃は48分に奏功した。エリア内に収縮してボールをインターセプトしたボヌッチは、そのまま前線のオープンスペースへボールを放った。これに前線で反応したのが、ゴンサロ・イグアインだった。サイドに走ってボールをキープした彼は、そのまま左サイドに流れて味方の上がりを待った。
まずそこに走りこんできたのはC・ロナウドだ。アウトサイドから鋭角にゴール前へと走ると、そのまま相手DF5人の注意を一気に引きつける。それを見て取ったイグアインは、逆サイドにフリーで走りこんできたクアドラードへ冷静にパスを出した。「試合に出られるとは思ってなかった」というクアドラードは、利き足ではない左足で正確なミドルシュートを突き刺した。
鮮やかなロングカウンターで点を奪ったユーベは、この後さらに流麗な攻撃を見せていった。点が取れて俄然気持ちの乗ったクアドラードは、ダニーロと縦の連係で右サイドでも攻撃の連動を作る原動力となる。すると、全体が噛み合い出した。奪ったボールを縦に推進させたかと思えば、素早く繋いだのちに逆サイドへ展開する。それぞれが連動しパスコースを捻出する動きが決まり、アトレティコのプレスも空転させるようになっていった。
そして65分、彼らは完全に敵の組織をパスワークで崩した。右サイドで攻撃の形を作って相手の陣形を寄せると、左へ素早くショートパスをつないだ。C・ロナウドがシンプルにボールをはたいた先には、A・サンドロが走り込んでいた。
相手がボールに寄っていたため、逆サイドは人の密集が少ないウィークサイドとなっていた。そこに素早くパスを送りこんだ時には、味方も広げられた敵陣を縫って前線に走りこんでいる。A・サンドロのクロスに反応したのは、中盤から前線に飛び出したマテュイディ。ストライカーばりの鋭い反応でボールに喰らい付き、ヘディングシュートを決めた。
内容は今季の公式戦で最も良い
「練習を積んでいたことが、形になり始めている」。試合後、サッリ監督はイタリアの地元メディアに対してそう明かしていた。選手個々が連動して奪った2点目は、彼が歓声を目指して作り上げていた形の一つだったのだろう。
もっともそのユーベは、まだまだ未完成な部分も同時に晒した。セットプレー時の守備だ。完全なゾーンディフェンスに切り替えた彼らは、連係不足を突かれこれまでの試合でも失点を重ねていた。やっぱりこの試合も同じことになり、かつセットプレーの強力なアトレティコには2点を奪われ、リードを帳消しにされた。
「入り混じった思いがする」。2点目の奪ったマテュイディは自身のSNS上でこう語ったが、まさに手応えと悔しさを両方味わってのセリフだ。
ただ内容の上では、今季の公式戦でもっとも良いものであったことも確かだろう。「重要なのはグループリーグ通過のために良い条件となる結果を出すことだった。だが試合は、ポジティブなものを残した」。記者会見で地元メディアに対しそう語ったサッリ監督は、チーム改革のスピードを速めていくことができるか。
(文:神尾光臣【イタリア】)
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