劣悪なピッチ環境をものともせず
「雨だったら雨の楽しみ方がある。雨だからこそ、できるプレーもある。それを見つけていければと思います」
森保ジャパンの新エースナンバー10・中島翔哉は、7日に現地入りしてから連日スコールに見舞われるミャンマーの気象条件と緩いピッチ状況について、全くと言っていいほど気に留めていない様子だった。
迎えた2022年カタールワールドカップ・アジア2次予選初戦本番の10日。ヤンゴン市内は午後から凄まじい豪雨となり、「今日は長く雨が降ってて、たぶん難しいから、シンプルに蹴るつもりだった」と吉田麻也ら大半の選手たちがナーバスになるほどだった。
けれども、少年の頃から水たまりのピッチでボールを蹴り続けてきた生粋のサッカー少年にとっては、そこまで困難な環境ではなかった。試合開始から得意のドリブルで局面を打開し、南野拓実や長友佑都らと連携しながらゴールを積極的に狙っていく。
DF数人に囲まれてもビクともせず、足にボールが吸い付くようなボールコントロールで敵をかく乱する。高度なスキルは見る者の度肝を抜いた。
圧巻だったのは、前半16分の先制点。堂安律のカウンター阻止から大迫勇也、冨安健洋を経由してボールを受けた背番号10は、思い切って中に切れ込み、ペナルティエリア外側から右足を一閃。浮き球のシュートは美しい弧を描きながらGKの頭上を越え、ネットを揺らすことに成功した。
新エースたるべき男・中島翔哉の一撃
まるでアレッサンドロ・デルピエロを彷彿させるテクニカルな一撃こそ、中島翔哉の真骨頂。「シュートを打てる時は打とうと思ったので打ちました」という大胆さが呼び込んだ1点目が森保一監督とチーム全体に大きな安堵感をもたらした。
「早い段階であれを決めてくれたのは大きかった。彼の個人の力が出た。最終的にはやはり個の力だと思います」と国際Aマッチ119試合目の長友が絶賛したように、この先制ゴールがなければ、日本は大苦戦を強いられていたかもしれなかった。というのも、前半の2ゴールの後、パフォーマンスが目に見えて低下したからだ。
「芝が重たい分、後半疲労がきたのは正直ありますし、出来も落ちた」と堂安も顔を曇らせたように、日本は反撃に出てきたミャンマーの勢いに飲まれそうな時間帯もあった。森保監督は伊東純也や鈴木武蔵、久保建英といった攻撃カードを切り、試合を終わらせるべく3点目を取りに行ったが、ダメ押しゴールは取れなかった。
1月のアジアカップもそうだったが、成長途上の森保ジャパンは決定力という部分でまだまだ改善の余地がある。そういう中でも、新エースたるべき男・中島が1つの重要な仕事を果たしたことは、前向きに捉えていいだろう。
貫いた中島翔哉のポリシー
2018年ロシアワールドカップ直前のヴァイッド・ハリルホジッチ監督解任によって、メンバー入り確実と言われた本大会メンバー落選から1年3カ月。中島はポルトガルのポルティモネンセからカタールのアルドゥハイルを経て、現在所属する強豪・ポルトへ移籍。自身を取り巻く環境は目まぐるしく変化した。
代表でも昨年9月の新体制発足から新10番として攻撃の軸を託され、2018年11月のキルギス戦、今年3月のボリビア戦、6月のコパ・アメリカ(南米選手権)・エクアドル戦でゴールを挙げてきたが、1月のアジアカップは負傷欠場。中島が勝負のかかる一戦で日本を勝利に導ける存在になれるか否かは未知数だった。仮に結果を残せなければ「香川真司の方が10番として上」と揶揄される可能性も否定できなかった。
けれども、本人はあくまで「サッカーを楽しむこと」に徹し続けた。そのポリシーは豪雨の中でも、足元の悪いグランド状態でも一切、関係なかった。それができたのも、卓越したボールコントロール技術があるからこそ。絶対的スキルとそれに対する大きな自信は、これからも中島本人と森保ジャパンを力強く支えていくはずだ。
真のエースへの道のり
自身の存在感をより一層、高めていくためにも、ここから所属のポルトで出場時間を増やし、より多くのゴールを奪っていくことが肝要になる。今月からは自身初参戦となるUEFAヨーロッパリーグ・グループステージもスタート。ヤングボーイズ、フェイエノールト、グラスゴー・レンジャーズとの対戦が待っている。
リーグや国内カップを含めて試合数が格段に増えるため、中島に巡ってくるチャンスも増えるだろう。そこで、今回のミャンマー戦のように「目に見える結果」を残せれば、自身の価値は確実に上がる。そうやってクラブで手にした自信と経験値を代表に還元するという好循環が続けば、「新エースナンバー10」の地位は絶対的なものになる。
とはいえ、中島はまだ初のアジア予選で1点を取ったばかり。岡崎慎司、本田圭佑、香川を超えるためには、毎回のようにコンスタントにゴールを奪い続けるしかない。代表通算4得点の彼にとっては、50点の岡崎、37点の本田、31点の香川はまだまだ遠い。その領域に到達すべく、数字にこだわり続けることが極めて重要だ。
「(先制点の)他にも得点できそうなシーンはあったので、そういうところでより成長して、しっかりと決めていけるようになりたい」と中島はミャンマー戦後に話したが、その課題を10月以降の予選でクリアして初めて本物のエースになれる。そう自らに言い聞かせて、さらなる飛躍を遂げてほしいものだ。
(取材・文:元川悦子【ミャンマー】)
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