簡単には屈しない。“ベルマーレらしさ”は失われていない
苦しい展開に陥ったときには、気がついたら自分たちのベンチを見ていた。テクニカルエリアで存在感を放つ指揮官の立ち居振る舞いにどれだけ励まされ、魂を鼓舞されてきたことか。しかし、湘南ベルマーレが心のよりどころにしてきた光景が一変したまま、すでにリーグ戦の3試合を戦い終えた。
一部スポーツ紙でパワーハラスメント行為疑惑が報じられた、曹貴裁(チョウ・キジェ)監督が練習の指導および試合の指揮を自粛したのが先月13日。Jリーグの法務担当弁護士らによるヒアリング調査がすべて終了するまでの措置は、月が変わったいま現在でも継続されている。
その間にサガン鳥栖、ベガルタ仙台、そして浦和レッズと対戦したベルマーレは2分け1敗の星を残している。ホームのサガン戦は試合終了間際にまさかの失点を喫して2-3と苦杯をなめさせられ、アウェイのベガルタ戦、ホームのレッズ戦はともに1-1で引き分けた。
結果だけを見れば、確かに勝ち点3を手にできていない。それでも2点のビハインドを一時は振り出しに戻したサガン戦をはじめ、3試合すべてで先制されながら追いついている。劣勢でも下を向くことなく、自らを奮い立たせながらピンチを防ぎ、流れをつかんだときには一丸になって攻める。
簡単には屈しないという姿勢を介して、ベルマーレの“らしさ”は失われていない。加えて、サガン戦こそ故障でベンチ外となったものの、ベガルタ戦とレッズ戦では後半途中から出場してきた32歳のチーム最年長、MF梅崎司は「チームとしての成長の方が感じられる」と思わず目を細める。
「昨シーズンから先制されるとどうしても苦しい展開になっていたんですけど、そのなかでも落ち着いて自分たちのサッカーを貫けるようになったし、自分たちのサッカーを続ければゴールが取れるという意識が選手たちのなかで、チーム全体のなかで間違いなく芽生えてきている。チームメイトたちが本当に頼もしくなってきている、と感じています」
梅崎司が語る「僕たちが生きてきた証」
こう語る梅崎自身、曹監督が活動を自粛した当日は動揺を隠し切れなかった。リハビリによる別メニューを終え、困惑した表情を浮かべながらこんな言葉を残してもいる。
「何でこうなったのかな、というのがちょっとわからない部分も多い。経験したことがないので何ともわからないし、僕の口からは何とも言えない部分も多い。どうなるのかな、という話は(他の選手たちと)しているし、正直、こんな状況で試合ができるのかな、という思いはすごくあります」
10年間所属したレッズから打診された契約延長のオファーよりも、ベルマーレへの移籍を優先させた決断は曹監督の存在を抜きには語れない。2017年の年末に行われた初交渉。試合終盤の交代要員に甘んじていた梅崎へ、指揮官は「もったいない。お前を復活させたい」と熱く切り出した。
たとえるなら、直球をど真ん中に投げ込まれたとなるだろうか。ホテルのカフェという公の場で思いの丈を伝えた曹監督とともに男泣きした瞬間、梅崎は決意を固めた。若きころの代名詞でもあった熱き血潮を蘇らせてくれた恩師でもあるだけに、戸惑うなと自らに言い聞かせても無理があった。
「日々鍛錬してきてもらったという点で、曹監督の偉大さというものは間違いなく僕たちのなかにあります。そうした(厳しい)ものが苦しい状況でも変わることなく、ケンさん(高橋健二コーチ)を中心に日々の練習のなかで続けられている。僕たちが生きてきた証だと思っているし、だからこそ何とか乗り越えていかなければいけない」
最年長にも厳しい声が飛ぶ、ベルマーレの関係性
チーム全体を奮い立たせたのが、若手選手たちの気丈な立ち居振る舞いだった。もっと動揺してもおかしくないはずなのに、梅崎の目には「責任をもってプレーしている」と映ったという。
「彼らは絶対に引こうとしないんですよ。自分たちのもっている力を最大限、日々トレーニングや試合のなかで出し切ることにトライし続けている。頼もしく成長している彼らの姿を嬉しく思うし、逆に僕が見習わなきゃいけないという気持ちにさせてくれる。このチームでまだまだ成長できるところを見せて、みんなの力になりたいと思う姿勢を、最年長だからこそ見せていくことも大事なんだ、と」
アメリカおよびメキシコに遠征中の、東京五輪世代となるU-22日本代表に招集された1998年生まれのMF杉岡大暉と1999年生まれのMF齊藤未月。杉岡と市立船橋高で同期だったMF金子大毅。そして、高卒ルーキーのMF鈴木冬一らの存在が、チームを下から突き上げている。
そのなかでも、5月にポーランドで開催されたFIFA・U-20ワールドカップで若き日本代表のキャプテンを務めた齊藤は17歳にしてプロ契約を結び、ユースからトップチームへ昇格した2017シーズンから、練習において先輩たちに臆することなくダメ出しをする存在だった。
眞壁潔代表取締役会長が「誰だ、あんな大声で、と思って見たら(齊藤)未月だった」と苦笑したことがあるように、小学生年代のジュニアからひと筋で育ってきた齊藤にはベルマーレのDNAが脈打っている。曹監督が活動を自粛した日も、自らに言い聞かせるようにこんな言葉を残している。
「昔から曹さんに依存している、と言われてきた部分もあるなかで、僕自身も考えることが本当に多くなりましたけど、それでも試合はやってくることを考えれば何も恐れることはない。僕たちの仕事はサッカーをすることなので。もうユースじゃない。そこの覚悟はできています」
貪欲で負けず嫌いな姿勢を前面に押し出しながら、曹監督が課す厳しいメニューに何くそと食らいついていく。新天地に合流してすぐに「強いシンパシーを抱いたし、このような場所にいられることを幸せだと思った」と心を震わせた梅崎は、指揮官不在という苦境の真っ只中にいるいまだからこそ、あらためてベルマーレの一員になってよかったと感じている。
「若手だけじゃなくて、選手一人ひとりの責任感がどんどん強くなっている。日々のトレーニングでも緩いというか、生温いプレーをしようものなら厳しい声が僕のところにも届いてくる。年齢が上や下というのを抜きにした関係性が、曹さんのもとで築かれてきたんだと感じています」
「安い失点をしちゃいけない」
キックオフからわずか3分で、エースストライカーの興梠慎三にJ1史上で初めてとなる8シーズン連続の2桁ゴールで先制された、1日のレッズとの明治安田生命J1リーグ第25節。気持ちを立て直して反撃を仕掛けるもゴールが遠かった58分に、最初の交代選手として梅崎が指名された。
「試合の流れそのものはよかったので、それをより後押しするように、さらにエネルギーを加えられるように、というプレーを意識しました」
ダブルシャドーの一角としてレッズの最終ラインの裏へ積極果敢に飛び出し、セットプレーのキッカーとして鋭いボールを配球し、相手ボールになればプレスバックを繰り返した。迎えた88分。左サイドから1トップの山﨑凌吾へパスを預けた梅崎が、猛然とペナルティーエリア内へ侵入していく。
山崎の落としを受けて、さらに内側へ切れ込んだところでMFエヴェルトンのファウルを誘発。ホームのShonan BMWスタジアム平塚を揺るがす大歓声とともに、起死回生のPKを獲得した。
「ヤマ、蹴らせてくれ」
普段はPKキッカーを担う山﨑へ、梅崎は志願して大役を担った。直後に大分トリニータの下部組織時代からの盟友で、ともに2005年にトップチームへ昇格したGK西川周作が近づいてきた。
「楽しもう、と(西川)周作は言ってくれました。あいつらしいと思いましたね」
天国と地獄を分け隔てる運命の瞬間を前にして、緊張感から解放された思いに駆られた。PKキッカーに巧みに声をかけては、心理戦を仕掛けてくるDF槙野智章も会話に加わってきた。
「あいつは『ウメちゃんは(向かって)左に蹴るよね。オレは知っているよ』と連呼していましたね。浦和時代の日常が戻った感じがして、懐かしい感覚でした。僕が(浦和で)いくつか決めているPKはすべて(向かって)左だったので、周作も絶対に左へ飛ぶとわかっていたので。なので、自分のなかでは自信をもって右へ蹴ると決めていました」
レッズ戦の前日練習で好感触を得ていた、魂が込められた美しい一撃がゴールの右側を射抜く。土壇場で振り出しに戻した今季2ゴール目にガッツポーズを繰り返した梅崎は、執念で手にした勝ち点1の価値を喜びながらも、残り9試合となったJ1戦線への課題をあげることも忘れなかった。
「4試合続けて先制点を許してしまっているのがすごく気がかりです。同点に追いつき、そこから逆転しそうな力をチームとしてつけているのは間違いないけど、緻密なサッカーをしていくことが自分たちのベースですし、その意味でも安い失点をしちゃいけない。自分たちのスタイルはこれからも変わらない。より精度を高めていけば、おのずと勝ち点を積み重ねられると思っているので」
レッズ戦翌日の2日から、ベルマーレは3日間のオフを取っている。クラブ史上で最長となる8年目の指揮を執る曹監督が不在という状況で、真夏の消耗戦を戦ってきた。順位こそ10位と踏ん張っているものの、16位のサガンとの勝ち点差はわずか4ポイント。予断を許さない戦いがまだまだ続くなかで、蓄積されたメンタル面の疲労をも取り除き、一丸となって秋の陣へと挑んでいく。
(取材・文:藤江直人)
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