平均年齢31.55歳、主軸を担うベテランたち
Jリーグの試合前にメディアへ配布されるメンバー表には、対峙する2チームの平均年齢が先発する11人とベンチ入りする18人とに分かれて明記されている。ほとんどのチームの平均年齢が先発、ベンチ入りともに20代の後半となっているなかで、J2を戦う横浜FCは異彩を放つ。
直近のリーグ戦となる、24日の鹿児島ユナイテッドFC戦では先発の平均年齢は31.55歳だった。キャプテンを務める39歳の守護神・南雄太、ボランチとして新境地を開いている38歳の元日本代表・松井大輔と、主軸を担う選手たちの年齢を見れば平均のそれもうなずける。
外国籍選手も然り。チーム最多の14ゴールをあげているエースストライカーのイバが34歳、鹿児島戦が誕生日だったトップ下のレアンドロ・ドミンゲスが36歳だった。33歳のカルフィン・ヨン・ア・ピンは、28日に34歳になった元日本代表・伊野波雅彦とセンターバックを組む。
高温多湿の条件下での消耗戦を強いられる夏場に突入して、それでも横浜FCは勢いを加速させている。5-1で圧勝した鹿児島戦を含めて連続負けなし試合を「11」に伸ばし、そのうち9試合で白星をゲット。長く中位に甘んじていた順位を、一気に4位にまで浮上させてきた。
ベテランたちが濃密な経験をピッチへ反映させているなかで、伸び伸びと、臆することなくプレーしている若手の台頭も見逃せない。特に真剣勝負を積み重ねながら、いまや下平隆宏監督をして「大きなストロングになっている」と言わしめる2人が左右の翼と化して、チームを力強くけん引している。
躍動する両翼
サイドハーフの左に22歳の松尾佑介、右に23歳の中山克広が先発として初めてそろい踏みしたのが、7月31日のレノファ山口戦だった。続く8月4日のアビスパ福岡戦でともに初ゴールを決めて派手な共演を果たすと、FC琉球との前節、そして鹿児島戦でもアベックゴールを叩き込んだ。
ゴールだけではない。ボールをもてば積極果敢に1対1で仕掛け、群を抜く縦へのスピードから抜け出して味方のゴールをアシストし、労を惜しむことなくプレスバックも繰り返す。攻守両面で欠かせない存在になった証は、下平監督の言葉を聞けば明らかだろう。
「ウチの両翼はサイドの守備でも献身的だし、何よりもスピードがある。押し込まれている展開でも相手を一発で裏返すスプリント能力は、チームを大いに助けていますよね」
配布されるメンバー表には、生年月日やサイズ、今季および通算の出場試合数やゴール数に加えて前所属チームも記されている。前所属に「仙台大学在学中」とある松尾は現在4年生。来季からの横浜FC加入が6月に発表され、直後にJFA・Jリーグ特別指定選手として受け入れられることが承認された。
埼玉県で生まれ育った松尾は浦和レッズのジュニアユースからユースに進むも、トップチームへの昇格はかなわなかった。捲土重来を期して進んだ仙台大学で1年生からレギュラーをつかみ、一昨年と昨年の天皇杯で見せたプレーが、横浜FCのスカウトの目に留まった。
「レッズのユースでは全然ダメでした。トップチームに上がる雰囲気すらありませんでしたけど、あまり悔しくはなかったですね。当たり前だったというか、あのときの自分ではプロは無理だとわかっていたので、大学へ行ってチャンスをつかみたいと思っていました」
高校および大学に所属したままJクラブで公式戦に出場できる特別指定選手に関しては、昨年度から制度が変更され、受け入れ先のJクラブへの加入が内定している選手に限定された。下平監督の希望もあり、内定から間髪入れずに特別指定選手になった松尾だが、もちろん現状に満足していない。
前半だけで1ゴール1アシストをマークし、78分に18歳のFW斉藤光毅との交代でベンチへ下がった鹿児島戦後の取材エリア。仙台大学で「10番」を背負うホープは貪欲な姿勢を見せた。
「はたいておけばチャンスになったシーンもあったし、状況判断の部分で物足りないところがあった。味方を使うところと自分で行くところをもう少し上手く使い分けられたら、もっと相手も嫌がるはずだし、ドリブル一辺倒の選手じゃこの先、通用しなくなると思うので。相手が対策を講じてきたときにその裏を突くとか、もっと予想外のことができるような選手になりたい」
トップチームに昇格出来なかった悔しさ
専修大学から今季に加入したルーキー、中山のキャリアをさかのぼっていくと麻布大学附属高校、そして横浜FCのジュニアユースに行き着く。小学生時代のスクールから横浜FCでサッカーを学びながら、ユースへ昇格できなかったときの心境を「正直、悔しさはありました」と振り返る。
「ただ、当時は身長も低かったし、技術面でも上へ行けるようなレベルではなかったので、仕方ないという気持ちも自分のなかにはありました。なので、オファーは素直に嬉しかったですね。横浜FCに恩返しができるチャンスができたので。小学校4年生からスクールに通って、中学3年生まで在籍したなかで何も残していないというのは、自分としてもどうなのかとずっと思っていたので」
専修大学で頭角を現し、最終学年を迎えた中山のもとへは、横浜FCよりも先にヴァンフォーレ甲府からオファーが届いていた。スカウトの熱意もあって「すごく迷いました」と振り返る中山だが、最終的には小学生時代から注いできた、横浜FCを愛する気持ちに素直に従った。
そして、ブラジル人のエジソン・アラウージョ・タヴァレス前監督に代わり、5月14日から指揮を執る下平監督のもとで、右サイドハーフのレギュラーに抜擢された。正確なクロスで味方のゴールをアシストする一方で、自身だけでなく周囲も待ち焦がれたゴールはなかなか生まれなかった。
「そろそろお前のゴールがほしいな」
先発としてピッチへ送り出されるたびに、下平監督からはこんな言葉を耳打ちされてきた。期待をひしひしと感じてきたからこそ、明るいキャラクターもあいまって、アビスパ戦以降の4試合で4ゴールを量産している絶好調ぶりに思わず言葉を弾ませる。
「ずっと使ってもらいながら点が取れなくて、シモさん(下平監督)には申し訳ない気持ちでいっぱいでした。いまは内容がそれほどよくなくても、点が取れそうな感じがある。自分に対してかなり自信をもてたというか、吹っ切れたというか。シュートを打てば何かが起こる、という考えがどんどん出てきたことに関しては、自分でも大きく進歩したのかなと思っています」
「カズさんがいつも近くにいるから」
中山も松尾も、横浜FCにおける日々でちょっとしたカルチャーショックを受けている。横浜・保土ケ谷区内にある横浜FC LEOCトレーニングセンターへ到着するたびに、52歳の現役最年長選手、FW三浦知良が入念に体のケアを施している姿が視界に飛び込んでくる。
遅くても練習開始時間の2時間前には到着するカズが、マッサージを含めた準備を黙々と消化するルーティーンが常態化して久しい。ただ、タヴァレス前監督のもとではリーグ戦で2試合に先発しているカズだが、下平体制下では先発や途中出場はおろか、ベンチ入りさえも一度も果たしていない。
4月中旬に負傷した左太ももの回復が長引いたこともあるが、イバや斉藤、レアンドロ・ドミンゲスに加えて、夏場には日本代表経験もあるFW皆川佑介も加入。身長191cmの戸島章、同185cmの瀬沼優司の長身コンビも控える厚い選手層のなかで繰り広げられる、激しい競争の結果と言える。
それでも常にコンディションを保ち、いつ出番が訪れてもいいように日々の練習を全力で消化する。ストイックさをとことん追い求める姿に、今夏にジュビロ磐田から完全移籍で加入し、偶然にもロッカーがカズと隣同士になった司令塔・中村俊輔はこう語りながら苦笑したことがある。
「カズさんがいつも近くにいるから、練習がキツいなんて言えないよね」
百戦錬磨の41歳、俊輔をしてこう言わしめるのだから、キャリアをスタートさせたばかりの中山、現役大学生の松尾に与える影響も計り知れないほど大きい。その俊輔も居残りの直接フリーキック練習で次々とゴールネットを揺らしては、下平監督をはじめとする周囲を驚かせている。
若手にとっては「刺激的な毎日」
タヴァレス前監督にリベロで仰天起用された松井は、前述したように下平監督のもとではボランチを主戦場としている。ドリブラーを担っていたときとは視界も変わるが、それでも「新しく見えるものがあれば嬉しいし、プレーの幅が広がる意味では感謝したい」と楽しそうにボールを扱う。
「練習前の準備や練習への取り組み方だけでなく、練習後のケアなどもめちゃくちゃストイックですよね。いまはチームの状態がすごくいいので、それらをすべての若手選手が吸収していけばかなりプラスなことになるし、チームそのものもさらによくなるんじゃないかと思います」
中山が笑顔を見れば、俊輔がJ2デビューを果たしたレノファ戦で直接フリーキックを決めてほしいと、得意のドリブルで強引に仕掛けて相手のファウルを誘発した松尾も、レジェンドたちへ畏敬の視線を注ぐ。ちなみに、俊輔の左足から放たれた直接フリーキックは、相手の壁にはね返されている。
「練習中からけっこう声をかけてもらって、もう少しこうやったらいいと具体的な指示や意見をもらえる。僕にとっては本当に刺激的な毎日ですけど、それだけで満足せずに自分がしっかりと結果を出していけるように、チームのために何ができるのかを考えてやってきたい」
下平監督は就任直後から、シンプルなパス回しから両サイドを使い、スピードに乗った攻撃からイバらの決定力を最大限に生かす戦術を掲げた。右サイドで中山を見出し、左サイドで重用された阪南大学卒のルーキー、23歳の草野侑己が故障離脱した直後には松尾を大抜擢した。
偶然に導かれるかたちで横浜FCの両翼に配置された中山と松尾は、試合を重ねるごとに羽根を雄々しく広げている。お互いの存在を意識するかのように、FC琉球戦では松尾のアシストから中山が、鹿児島戦では中山のアシストから松尾がそれぞれゴールも決めている。
「サイドバックにボールが入ったら、僕と松尾が縦に走って相手の裏を取るという約束事がある。アイツが点を取ったら僕も、という具合に秘めた闘志が燃えてきますよね。両サイドから仕掛けられるのはすごい強みだし、こっちが詰まったら逆サイドでよろしく、みたいな感じでもできるので、相手チームもすごく嫌だと思うんですよ」
深まりつつある手応えに中山が笑顔を浮かべれば、22歳という年齢に対して「もう若手とは呼べません」と常に危機感を募らせている松尾も、あうんの呼吸が出来上がりつつあると力を込める。
「右でチャンスができたときには、逆サイドの左はしっかりゴール前に入っていくという約束事があるなかで、カツ君(中山)のクロスが流れてくるんじゃないかという期待があるんです」
ベテランが盛り立て、若手が躍動する理想的な循環
鹿児島戦をもって、松尾は仙台大学へ戻った。今月末から大阪で開催される総理大事杯全日本大学サッカートーナメントに臨むためで、大会後に関しては話し合いの場がもたれるが、下平監督は「彼の成長を考えたときに何が一番いいのかを、大学側としっかり相談したい」と早期の再合流を見すえる。
総理大臣杯後に戻って来られるとして、横浜FCを離れるのは最大で2試合。チーム全体が絶好調なだけに、松尾も「自分としても一番離れたくないタイミングなんですけど」と苦笑する。
「ただ、大学でしっかりとプレーしてきたからこそ、こういう舞台に立たせてもらっているので。大学でやるべきことをやって、その間に横浜FCが勝ってくれることを信じて、戻って来たときにいいかたちで合流できれば最高ですね」
鹿児島戦で松尾を斉藤に代えた下平監督のさい配は、モンテディオ山形、ヴァンフォーレと続く上位対決を見すえたものだろう。U-20日本代表の一員として、5月にポーランドで開催されたFIFA・U-20ワールドカップを戦った下部組織出身の斉藤も、カズや松井、俊輔の存在をこう語ったことがある。
「レジェンドの方々の行動や言葉というのは、すべて自分たちのためになるものだと思っているので。見て、聞いて、共有して、貪欲に学んでいきたい」
中山や斉藤だけではない。FC琉球戦ではユースから昇格して4年目のMF齋藤功佑が、開始10分にプロ通算4点目となる今季初ゴールを、豪快なミドルシュートで一閃。9試合ぶりの起用に一発回答で応じれば、草野も左ハムストリング筋損傷からの復帰へ向けて必死のリハビリを積んでいる。
残り3分の1を切ったJ2戦戦。11連勝中の柏レイソルが抜け出した一方で、2位以下は勝ち点6ポイント差以内に7チームがひしめき合う、未曾有の大混戦になっている。そのなかで最も勢いがある横浜FCにいま、熟練の域に達したベテランが若手のホープたちをピッチの内外で盛りたて、お互いに切磋琢磨し合いながら秘められた才能を存分に開放させる、理想的な循環が脈打っている。
(取材・文:藤江直人)
【了】