エリキが見せた驚異の身体能力
ようやく勝利を取り戻した。横浜F・マリノスは24日に行われた明治安田生命J1リーグ第24節で名古屋グランパスを5-1で下し、リーグ戦では4試合ぶりの勝ち点3を獲得。8月は3連敗と苦しんでいた中での初勝利だ。
この夏のマリノスは激動だった。天野純、三好康児、飯倉大樹と主力級が続々と移籍していく一方で、6人の新戦力が加入。中断期間やキャンプもない状況で、彼らを早急にチームに組み込んでいく必要があった。
特にリーグ戦で11得点を挙げていたブラジル人FWエジガル・ジュニオが負傷で長期離脱を強いられ、攻撃ユニットの再編は急務だ。新加入のアタッカーを特殊な戦術の中で機能させながら、同時に結果も追い求めていかなければならない。
とはいえ光明は見えつつある。名古屋戦では相手に退場者が出て2度のPKも得たとはいえ、5得点とわかいりやすい結果が出た。「最終局面の質もそれなりにありましたし、そこまでの形、かける人数だったり、ボールの運び方は共有できていたんじゃないか」とキャプテンの喜田拓也は手応えを語る。
6人の新戦力の中でも、とりわけ大きな期待が持てるのはブラジルの名門パルメイラスから期限付き移籍で加入したFWエリキだ。Jリーグデビュー戦となったJ1第23節のC大阪戦で初アシストを記録していた25歳は、名古屋戦で初ゴールも挙げた。複数ポジションをこなせる万能さも武器で、すでに2つのポジションで可能性を示している。
「ゴールシーンはすごく集中していた。ボールが来た瞬間、自分の特徴の1つでもある、ああいう動きができた。バイシクルシュートでのゴールは今年3つ目。しっかりと自分の特徴の1つでゴールを決めることができてよかった」
名古屋戦後、エリキは充実した表情で自らのゴールを振り返った。マリノスの1点リードで迎えた39分、左サイドで遠藤渓太がドリブルを仕掛けて深くえぐり、左足でふわりとしたクロスを送る。高い身体能力を発揮していたブラジル人FWは、ゴールに背を向けた状態でボールを浮かすと、右足で強烈なバイシクルシュートを叩き込んだのである。
確かに彼の言う通り、今年3度目のバイシクルシュートでのゴールだった。1つ目はボタフォゴでプレーしていた当時のリーグ戦、バイーア戦で決めたもの。2つ目はコパ・スダメリカーナで対戦したパラグアイのソル・デ・アメリカ戦で記録した。いずれも難しい軌道の横からのボールに対して合わせたもの。やはり身体能力の高さは驚異的だ。
エリキの守備力は…
エリキは名古屋戦での一瞬の判断は、ブラジル時代から積み上げた経験があったからこそ可能だったとも語る。
「ケイタからボールが来た瞬間、ゴール前で自分のポジショニングがしっかりと取れていた。リオではフットバレーをよくやっているんだけど、実際にそこで使うような技でもあるんだよね。それを決められて本当に嬉しい」
マリノスと名古屋の戦いは、毎回真っ向勝負の殴り合いになる。お互いに攻撃的で、守るよりもまずいかに自分たちらしくゴールに向かっていくかが重視されるチームだけに、相手よりもボールを支配して攻撃の形を作っていくことが勝利への唯一の道だと理解している。
実際、今回の対戦でマリノスのボール支配率は49%で、名古屋にわずかに上回られた。普段であれば60%前後が基準になるチームにとって、ボール支配率で相手よりも低い数字が出ることは極めて珍しい。
そこで効果を発揮したのがカウンターアタックだった。名古屋に押し込まれても辛抱強く守り、ボールを奪った瞬間に前線のアタッカーたちが全速力で手薄になった相手ゴール前まで突撃していく。
エリキの爆発的なスピードや高い運動能力は、そういったカウンターの場面で前向きにプレーできるタイミングで大いに発揮された。中央のマルコス・ジュニオールがボールを運んで相手ディフェンスを引きつけ、空いたスペースに走り込むエリキにフリーでパスを通してビッグチャンスを作った場面などもあった。最終的に20本のシュートを放ち、より多くの決定機を創出したのはマリノスだった。
一方、まだ組織の中で十分に機能しているとは言い難いエリキのプレーには課題もある。攻撃面ではボールポゼッション時のポジショニングがチームの決まりごとから外れており、ベンチ前のアンジェ・ポステコグルー監督が「エリキーー!!」とスタンドでも聞こえるほどの大声で叫んで、大きなジェスチャー交えながら立ち位置の修正を要求する様子も見られた。
守備面でもボールを失った瞬間の切り替えのタイミングが少し遅く、戻りも遅れてしまう場面が散見される。そうなると全員がハードワークして前線からプレッシャーをかけて相手の選択肢を限定し、ボールを奪うことが求められるマリノスの守備にほころびができてしまう。11人が連動して走らなければ、ちょっとした亀裂が大きな割れ目となり、守備組織全体の機能性に問題が起きてしまうのだ。
エリキの馬力をいかに発揮させるか
中盤で攻守を司る喜田は「別にエリキだから、アタッカーだから守備はある程度しょうがないね、という考え方はないので、(守備も)やってもらいますし、そこに対しての(要求も)僕たち選手からしていく」と述べる。
「エリキ自身の理解度だったり、ポジショニングだったりが難しい部分もあったんでしょうけど、そこはやればやるだけ上がっていくと思う。ハーフタイムもポジショニングを修正して、多少は彼の中でも(プレッシャーの)行き方だったり、ここにポジションを取れば…というのは考えたと思う。もうちょっと守備のハメ方や精度は確かに上げるべきだし、上げていかないと、そこの穴を突かれてしまうので」
名古屋戦のように右ウィングで起用するにしても、セレッソ戦のように中央で起用するにしても、攻守の切り替えの向上は不可欠。右サイドの守備がハマらなければ、中央や右サイドバックの守備の負担が増し、攻撃時に後ろの選手がリスクを負って前に出ていくことも難しくなっていく。
ただ、喜田もエリキが持っている攻撃面でのスペシャルな能力は認めている。その武器を生かすためにも、背番号17のブラジル人アタッカーは課題を1つずつ克服してかなければならない。攻撃の破壊力を維持するには、実は全員の守備意識の統一が肝心なのだ。
だからこそ細部にこだわってマリノス流の守備の感覚を身につけていかなければならない。状況に応じて、身体が自然に反応して、半機械的に判断ができるようになれば真の意味で組織的な守備が成立する。
「(守備を)やろうとする姿勢はあるし、攻撃も出ていくパワーやスピードもあるし、そこをどう考えるかじゃないですか? どこまで戻すかだったり、いいバランスは見つけていきたい。全部が全部帰ってこいというのは全て正解だとは限らない。
そこらへんはまだ当然阿吽の呼吸とまではいかないので、どこまで戻すかだったり、守備の連係は、エリキ自身もつかんでいく必要があるだろうし、ここは(マークを)渡していいのか、ここにポジションを取ってこう行けば後ろもついてきてくれるんだとか、そういうのは練習からも上げていけると思うので、ちょっと意識してやっていきたいなと思います」
エジガルの復帰はシーズン終盤になると見られているだけに、彼なしで攻撃の破壊力を維持したうえで、優勝へのアクセルを踏むには結果を残し続け、チーム力をさらに向上させていかなければならない。そのためには遠藤の2つのゴールを演出して、アシスト能力の高さも見せたエリキのクオリティを生かさない手はない。常に前を向いて推進力を出せる状況を生み出せれば、彼の能力は100%発揮される。
マルコス・ジュニオールは序盤の2分にPKを決めた後に披露したおなじみになったゴールパフォーマンスについて「かめはめ波をやったんだけど、エリキに言ったらあいつは隣でスパイダーマンをやっていたんだよ(笑)」と、試合後に取材に答えながら1人で爆笑していた。そうやって新しく入ってきた選手ともピッチ外ですでに良好な関係を築けているのは間違いない。チームの一体感は相変わらずバッチリだ。
今度はピッチ内で、エリキがシステマチックな戦術の中での周囲との連係・連動の術を体得できるようサポートすることも必要になる。改めて個々が背負う守備のタスクを整理して組織に落とし込み、エリキをはじめ攻撃陣それぞれが持つ武器を存分に活かせるような流れを作っていきたい。そのうえでマテウスや泉澤仁といった“一芸”に秀でた選手もオプションとして活用できるようになれば、エジガルの不在を補って余りある陣容が完成するだろう。
(取材・文:舩木渉)
【了】