ウイングバック柏好文がチーム最多の7ゴール
第23節、FC東京戦の決勝ゴールをゲットした。右サイドのハイネルから横へ3本パスをつないで左サイドの柏好文へ。ここで川辺駿がスッと斜め前へ動いてニアゾーンをとる。
「そこはチームとして共有できている」(柏)
左のペナルティーエリアの縦のラインあたり、いわゆるニアゾーンへの侵入は広島の持っている形の1つだ。左のシャドーである森島司の侵入は頻繁に見られるが、この場面では川辺だった。局面的には柏、川辺と相手のDFが2人なので数的優位ではなく、川辺はフリーにはなっていない。しかし、その後の柏のスプリントが速かった。
「相手が目を切った瞬間を見逃さずにフリーランニングを仕掛けた」(柏)
相手が「目を切った」タイミングがポイントだろう。柏に対峙している選手は、自分の背後へボールが出ているのでどうしても振り返ってそちらを見る。それが「目を切った」瞬間だ。相手が自分から目を離したタイミングで柏はスタート、川辺からのプルバックを受ける直前にさらに加速し、ワンタッチでシュートを打てる場所へコントロール。シュートはGKに少し当たっているが入り込んでいくランニングに勢いがあり、そのまま打ち抜いた格好だ。
これで柏は今季7得点、チーム最多得点者である。ウイングバックが最多ゴールというところに価値がある。
「ウイングバックで得点できる選手はランキングを見てもなかなかいない。自分がとることでチームが上に行けると思っている」(柏)
広島の伝統芸
日本人プロ第1号、奥寺康彦がFCケルンに加入したときは左ウイングだった。しかし、ブンデスリーガで最後のクラブとなったヴェルダー・ブレーメンではウイングバック。快足のストライカーは頭脳派のオールラウンダーになっていた。当時のブレーメンはドイツで最も早くゾーンディフェンスを導入したチームで、オットー・レーハーゲル監督はそのために奥寺を獲得している。奥寺にゾーンディフェンスのセンスがあると判断していた。
ウイングバックという当時の新しいポジションについて、レーハーゲル監督はこのように話している。
「サイドを縦に広くカバーしなければならない。簡単に言えば奥寺のような選手がいればできるが、そうでなければできない」
サンフレッチェ広島のウイングバックといえばミハイル・ミキッチだった。ミハイロ・ペトロヴィッチ監督の可変式システムで前線、中盤、サイドバックの3つの役割をこなした右のスペシャリスト。職人芸のクロスボールも持っていた。2014年にヴァンフォーレ甲府から移籍してきた柏は、左サイドでこの広島の伝統芸を継承する。しかも、ミキッチにはなかった得点力もプラスした。
そもそも重労働のウイングバックがチームプレーで貢献しつつ、リーディングゴールゲッターというのは超人的な活躍といえる。欧州では「水を運ぶ人」という言い方があるが、水を運ぶのは「マイスター」のためだ。煉瓦職人が煉瓦を積むには、水を汲んでくる人も不可欠という意味なのだが、柏は水を運んで煉瓦も積んでいることになる。
芸術を創る労働者
柏が点をとれるのは、右利きの左サイドということもあるかもしれない。サイドと利き足が同じだと、クロッサーにはなるがゴールゲッターにはなりにくい。柏は左足も上手いのでクロッサーでもあるが、ドリブルやフリーランニングでカットインして右足で狙えるのは強みだ。
広島のプレースタイルも関係がある。ウイングバックを高い位置へ押し出すためのキープ力があり、それがチームとしての攻撃の形でもある。しかし、何と言っても本人の技術とスタミナが大きい。
「(スタミナに関しては)まだ32歳ですから。若いので(笑)自信がありますし、練習でもそれだけのことはやっています」(柏)
得点力やドリブル突破などで決定的な仕事をする、「違い」を作れるのは才能だ。ただ、才能を発揮できるのは90分間の中で2分ぐらい。残りの88分間は才能以外の部分を問われるわけで、むしろ相手に「違い」を作らせない仕事になる。得意でないことでも、少なくとも平均値は出せないと90分間プレーするのは難しい。リオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウドは年間40ゴールを叩き出してくれるので、才能だけでもやっていける例外なのだが、彼らにしても守備のタスクを負ってなおかつ点がとれればさらに素晴らしいはずなのだ。
メッシやロナウドは現状で十二分に素晴らしいので、そうなる可能性はもはやないと思うが、コパ・アメリカではダニ・アウベスが逆方向からのアプローチで注目された。サイドバックでありプレーメーカー、そして点もとった。芸術家に労働させるのではなく、労働者が芸術を創った。柏もまたそうしたタイプの選手であり、この手の選手がいることで「チームが上に行ける」と言うのは、そのとおりだと思う。
(取材・文:西部謙司)
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