報道で事態を把握した湘南ベルマーレ
湘南ベルマーレを大きく揺るがせている、曹貴裁(チョウ・キジェ)監督によるパワーハラスメント行為疑惑には不可解な点がある。極めてセンシティブであり、絶対に秘匿されなければいけない案件の具体的な内容が、なぜ疑惑の段階で一部スポーツ紙上にて報じられたのか、という点だ。
今回の一件は7月に入って、日本サッカー協会(JFA)が設置している「暴力等根絶相談窓口」に、ベルマーレに関する情報が寄せられたことに端を発する。匿名による通報は曹監督が選手やスタッフに対して、威圧的な態度や暴言を繰り返していると訴えるものだったと報じられている。
その後の一部経緯は、17日の「第46回ベルマーレクラブカンファレンス」で明らかにされている。定期的に行われているクラブ幹部とサポーターとの意見交換会は、今回に関しては偶然にも騒動発覚後で初めての試合となる、サガン鳥栖との明治安田生命J1リーグ第23節の直前の開催となった。
会場となったホームのShonan BMWスタジアム平塚に隣接する平塚公園総合体育館には、通常のカンファレンスの約3倍となる約600人ものサポーターが集まった。当初用意されていた200人収容規模の会議室が、急きょ武道場に変更されたことも関心の高さを物語っていた。
登壇したのは、株式会社湘南ベルマーレの眞壁潔代表取締役会長と水谷尚人同社長。最初にマイクを取った眞壁会長はカンファレンスの冒頭約15分間を、一連の騒動でサポーターに多大なる心配をかけている現状に対する謝罪と、話せる範囲内での状況説明にあてている。
眞壁会長によれば、Jリーグ側から「調査しなければいけない案件がある」と連絡を受けたものの、調査の具体的な内容に対する説明はいっさいなかったという。クラブとして「ヒアリング調査を粛々と待っていた」なかで、12日の一部スポーツ紙による報道で初めて事態を把握するに至った。
「頭を下げて『来ないでほしい』とお願いした」
ベルマーレ側は即座に公式ホームページ上で「一部報道について」と題した緊急の声明を、ファンやサポーター、そしてスポンサー企業への謝罪とともに発表している。
「クラブとしましては、記事内容の詳細を確認し、Jリーグと協議の上で、報道された内容に関する事実関係の調査を速やかに行ってまいります」
そして、オフだった12日に神奈川・平塚市内のクラブ事務所で眞壁会長、水谷社長、坂本紘司スポーツダイレクターに、当事者であると報じられた曹監督も加わって対応を協議。そのなかでJリーグによるヒアリング調査が終了するまで、クラブ史上で最長となる8年目の指揮を執る曹監督へ活動を自粛してほしいと、断腸の思いで要請した胸中を眞壁会長はカンファレンスの席でこう振り返っている。
「(曹監督が)推定重要参考人なのであれば、選手たちを守るために、彼が選手たちと接触する時間を放置してしまうわけにはいかないという私の判断で、彼に頭を下げて『来ないでほしい』とお願いした。彼もお願いを受け入れてくれて、現在の体制になりました」
現在の体制とは曹監督以外でただ一人、S級ライセンスをもつ高橋健二コーチが指導および指揮の中心を担うことを指す。選手たちに極力サッカーに集中してほしいという配慮から、当初は公開とされていた13日および14日の練習を含めて、サガン戦までの練習はすべて非公開とされた。選手たちには13日の練習前に事情を説明したが、特に質問の類は出なかったという。
「守秘義務と調査に協力する義務」
それでも動揺が広がったのだろう。15日にはチーム最多の5得点をあげているMF武富孝介が、今季末までの期限付き移籍契約を自らの希望で解除し、浦和レッズへ復帰することが電撃的に決まった。武富は2013シーズンから2年間ベルマーレでプレーし、今季から5年ぶりに復帰していた。
再びベルマーレの一員になった理由は、以前にも指導を受けた曹監督の存在を抜きには語れない。夏の移籍の期限が翌16日に迫っていたなかでの決断に、ベルマーレを通して発表したコメントを介して、武富は一連の騒動が引き金になったと複雑な胸中を明かしている。
「曹監督の下でプレーしたいと思い、今季もう一度ベルマーレに来た自分としては、一時的な措置とはいえこの先がどうなるか分からない状況のまま、100%サッカーに集中できるのか、チームのために力を出し切れるのか、不安を覚えているというのが正直な気持ちです」
武富の決断やコメントから伝わってくるのは、自他ともに認める熱血漢で、Jクラブの中で最もハードな練習を課すことでも知られる曹監督への深い思慕であり、同時に騒動の行き先が不透明になっている現状への不安となる。そして、武富は同時にこんな言葉も綴っている。
「いろいろなことが言われていますが、僕自身は曹監督の指導には愛情があったと思っています」
そして、カンファレンスおよびサガン戦が行われる17日を迎えても、Jリーグからは調査の内容に対する具体的な説明はなかったという。そうした状況下で一連の措置を取った理由を、眞壁会長は「メディアのみなさんがもたらす情報をもとに推察するのみ」だったとカンファレンスで振り返っている。
「コンプライアンス案件のテーブルに乗った段階で、我々には守秘義務と調査に協力する義務が生じています。曹とは2005年からの付き合いで、兄弟のような関係ですけど、それでも我慢しなければならない。なぜかと言えば、ルールを守らなければいけないからです。
我々がしなければいけないのは、彼がルールを犯したのかどうかをしっかりと調べること。Jクラブの一員としてJリーグに参加している以上、このルールは守らなければいけない。もう僕たちが手を出せる状況ではありません。Jリーグの調査と向き合って、ちゃんと結果を出して先に進んでいきたい」
絶対に秘匿されなければいけない案件
ここまでの流れを振り返れば、疑惑が明るみに出る12日以前の段階で情報の詳細を知り得ていた人間は限られていることがわかる。最初に通報を受けたJFA窓口、ヒアリング調査の準備を進めていたJリーグ関係者、そして匿名の通報者を含めた、被害を受けたとされる選手およびスタッフとなる。
あくまでも推察の域を出ないが、ベルマーレ幹部ですら知り得なかった情報がJFAやJリーグから特定のメディアにもたらされたとなれば、これも重大なコンプライアンス違反となるのではないか。冒頭で記した通りに極めてセンシティブであり、絶対に秘匿されなければいけない案件だったがゆえに、報道後の騒動や混乱を考えれば社会的規範や倫理を著しく損なう行為だと言っていい。
あるいは被害を受けたとされる側だとすれば、メディアへ情報を提供した意図に対して疑問が募る。パワハラという言葉が独り歩きするかたちで、ネット上でも大々的に拡散されていく状況は容易に想像できたはずだ。だからこそ、状況を世に広く知らしめたいという思いがあっただけでなく、特定の団体や個人をおとしめたかったのではないか、とまで勘繰られてしまうのではないか。
曹監督の疑惑を報じた2つのスポーツ紙が、地道な取材活動を積み重ねてきた結果とも言える。しかし、12日未明のほぼ同じ時間に記事がまずウェブサイトに公開され、紙面にも掲載されたのはどうしても不自然に映ってしまう。外部から提供された情報をもとに動いていて、何らかの事情で報じたタイミングが同着になった、と考えれば合点がいくだろう。
「通報されたことは事実」
眞壁会長は外部の有識者へ、クラブとして独自に相談していることも明らかにしている。もちろん情報提供者を特定する意思はないし、昨季まで指導した、あるいは今季に指導する選手や接したスタッフのなかからいわゆる「犯人捜し」が進むことも、出会った選手のすべてを愛することを指導の原点としてきた曹監督の本意ではない。眞壁会長はカンファレンスの席上でこうも言及している。
「通報されたことは事実であり、あれだけいろいろなことが紙面から伝わってくるということは、おそらくよく知っている人だと推定できる。だからこそ、監督を守るという意味も含めて、ピッチには来ないでほしいというお願いをしました。
いろいろと思うところはありますが、この案件にしっかりと向き合い、結果を日本サッカー協会やJリーグと共有して、次のステップへ向かっていきたい。それが我々にできる精いっぱいのことであり、いまは選手たちがサッカーに集中できる環境を作ることが僕たちのやるべき仕事だと思っています」
後半終了間際に喫した失点とともに、サガンには2-3で苦杯をなめさせられた。しかし、一時は2点差をつけられる逆境から同点に追いつき、再三のように逆転するチャンスも作り出すなど、曹監督のもとで育まれてきた「らしさ」をも見せた。キャプテンのDF大野和成は、試合後に決意を新たにした。
「正直、いろいろなことがありましたけど、やることは変わらないし、僕たちには積み上げてきた湘南のサッカーがある。それを信じて、前へ進むだけだと思っています」
敵地へ乗り込む24日のベガルタ仙台戦へ向けて、試合の前々日および前日以外の練習はファン・サポーターに公開するいつものルーティーンも戻った。眞壁会長が「ヒアリング調査の日程は申し上げられないし、いつ終わるかもわからない」と長期化も示唆するなかで、曹監督という大きく、頼れる存在を欠いたまま、プロフェッショナルの軍団としてベルマーレは必死に前を向き続ける。
(取材・文:藤江直人)
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