ポチェッティーノの意図
前提としてマウリシオ・ポチェッティーノ監督は、シティとの対戦において、引いて守るというよりも殴り合いに応じてきた実績がある。例えば昨シーズンにおけるチャンピオンズリーグ準決勝2ndレグ、エティハド・スタジアムで行われた一戦でスパーズは4-3-1-2のシステムを採用。攻撃的なシティに対して、2トップとトップ下の3枚を高い位置に残す攻撃的な采配で応戦した。この前がかりな采配が功を奏しソン・フンミンの2ゴールをショートカウンターで決めている。
話を今季のリーグ戦に戻そう。ポチェッティーノ監督は、昨季のCLほどではないものの、今回も強気采配で試合に臨んだ。ポイントはハーフスペースを使うことを得意としているシティを相手に4-4-1-1のシステム採用したところだ。
このシステムの利点としては、エースストライカーのハリー・ケインと、エリック・ラメラを前線に残すことができる点だろうか。前線でボールを引き出す動きが上手いラメラは、実際に、シティのボランチとウイングの間のスペースでボールを受け、ミドルシュートを23分に決めている。
他にもプレミア随一の身体能力を持つムサ・シソコを右ウイングに配置し、線の細いオレクサンドル・ジンチェンコと対面させることで有利なミスマッチを創出している。結果フランス人MFの単独突破を何度か見ることができた。
もしくはまだプレミアリーグのスピード感に100%フィットしていないロドリと、背後から忍び寄ってボールを奪うプレスが上手いラメラを当てて、高い位置でボールを奪い、ショートカウンターを仕掛けるという目論見もあったのかもしれない。
このように、今回の采配も、いくつかの攻撃的な優位性は感じたが守備面でいうとデメリットも大きかった。その最たる例は絶好調のケビン・デ・ブルイネの躍動を止められなかったことだ。
捕まえ切れなかったデ・ブルイネ
デ・ブルイネはカウンターで輝く場面をよく目にするが、引いた相手を崩すプレーも得意としている。具体的には中間ポジションでボールを受けて、パスをさばきつつ、高精度のクロスをボックス内に送り込む。
ただ今回スパーズが選択した、人につくよりも密集してスペースを消すことを重視した4-4の守備ブロックだと、ハーフスペースにいるデ・ブルイネを捕まえ切るのは困難だ。しかもデ・ブルイネを中心にシティの選手はDFの選手でさえ、高い精度のサイドチェンジが可能なため、片方のサイドに密集を作る守り方はなおさら揺さぶられ続けた。
さてそんなスパーズを前にして、ベルギー代表MFはこの日も右サイドよりのハーフスペースでボールを受けて試合をコントロールしつつ、決定機を何度も演出した。
20分の先制点では、まさにハーフスペースから滞空時間の長い絶妙なアーリークロスを送り、ラヒーム・スターリングの先制点をアシスト。35分にもハーフスペースの位置でボールを触りつつ、右サイドに流れるとグランダーの高速クロスをボックス内に送り、セルヒオ・アグエロの勝ち越し点を演出した。
特に先制点のクロスは圧巻だった。蹴った直後ボールが高い弾道だったため、キックミスに思われたが、結果的にはスターリングの頭にピンポイントで合わすことができた。その正確性に思わず感嘆の声が漏れたほどだ。
カイル・ウォーカー=ピータース起用という賭けの成功
さて先制点のシーンにもう少し触れると、右SBカイル・ウォーカー=ピータースが全くクロスに反応できていなかったことについて指摘しなければならない。
デ・ブルイネのクロスが抜群だったことは間違いないのだが、やや滞空時間の長いクロスだったこともあり、きちんと準備できていればヘッドで跳ね返せたかもしれない。もし届かなかったとしてもスターリングに体を寄せれば失点する確率を減らすこともできた。
もちろんデ・ブルイネをフリーでクロスを蹴らせてしまったクリスティアン・エリクセンや、ハリー・ウィンクスも失点の一旦を担っているので、ウォーカー=ピータースだけを責めることはできない。ただウォーカー=ピータースがミスをしたのも事実だ。
とはいえ小柄なイングランド人SBを一方的に責める気にはなれない。そもそも試合が始まる前から守備時の右サイドは苦しい展開になることはわかっていた。対面するのは開幕戦でハットトリックを記録するなど、ドリブル突破だけでなくゴール能力も開花させた絶好調のスターリングなのだ。
しかも同サイドのスパーズのウイングは、ハードワークはするもののあまり気が利くとはいえないシソコ。そんな状況でトップチームの出場経験が少ない若手が、守備面で完璧なパフォーマンスを披露するということ自体、無理があったとも言えるし、ポチェッティーノは賭けに出ていたとも言える。
むしろそんな中で、両足で触れる位置にボールを置き、左足を駆使してシティのプレスをパスワークで突破するなど良いプレーを見せた。あるいは守備の場面でスターリングに食らいつき、ボールを奪う良いプレーを見せる時間帯もあったのだ。
つまり結果だけ見れば、キーラン・トリッピアが退団し一番手薄な右SBのポジションに若手を起用して経験を積ませた。それでいてVARに助けられたとはいえ、シティを相手にアウェイで勝ち点1を持ち帰ることに成功している。
であれば試合内容はシティに支配される時間が長かったとしても、スパーズの采配も成功と言えるのかもしれない。
スパーズのタイトル獲得の鍵とは
さて現状の右SBのファーストチョイスであるフアン・フォイスが9月まで復帰できないという報道もある。セルジュ・オーリエも負傷離脱中で退団の報道もある。いずれにしても当面は、ウォーカー=ピータースを使わざるをえない。つまり唯一の泣き所でプレー可能な若手を育てるこれ以上ない機会とも言える。
もし8月から9月にかけての定期的な出場を経て、若きイングランド人SBがフォイスを序列で追い抜くような活躍を見せることができれば、スパーズの選手層に穴らしい穴はなくなる。そういう意味では、4位以内確保は盤石としタイトル獲得を現実とするには、カイル・ウォーカー=ピータースの成長こそが鍵になるとも言える。
現在の監督が若手の成長に定評のあるポチェッティーノということもあり、アカデミーの選手が躍動しタイトルを獲得するというロマン溢れる未来は、決して絵空事ではない。ハリー・ケインや、ハリー・ウィンクスに続いて、新たなアカデミー産のイングランド人選手のレギュラー定着を、是非見てみたいものだ。
(文:内藤秀明)
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