小川航基が募らせる危機感
4シーズン目を迎えたプロサッカー人生で、初めて経験する状況に続けて直面している。しかも、ともにポジティブな要素を伴っている。それでも、J1のジュビロ磐田からJ2の水戸ホーリーホックへ育成型期限付き移籍を果たして1か月となる、FW小川航基は同じ思いを抱き続ける。
「充実感はまったくなくて。危機感しかないですね」
ジュビロ時代を振り返れば、公式戦で2試合続けて先発フル出場した経験がなかった。2017シーズンのYBCルヴァンカップ予選リーグで、柏レイソルとの第4節、清水エスパルとの第5節でフル出場しているが、その間の5月7日に行われたヴァンフォーレ甲府とのリーグ戦は途中出場だった。
ホーリーホックではどうか。デビュー戦となったFC琉球との明治安田生命J2リーグ第23節こそ57分からの途中出場だったが、続くアビスパ福岡戦から先発に名前を連ねた22歳のストライカーは、直近のリーグ戦となる10日の横浜FC戦まで4試合連続でフルタイム出場を続けている。
「たとえばコンディションの整え方であるとか、身体の具合であるとか、連戦に対しての向き合い方というのは実際に体験しなければわからないことなので。その意味で試合出場機会というところではすごく充実していると思いますけど、それでも危機感しかないです」
何に対して危機感を募らせているのか。先発フル出場を続けられる信頼を得たことで、一人のプロサッカー選手として、ようやくスタートラインに立つことができた。ただ、ストライカーとしての仕事を常に成し遂げているのか、と自問自答すれば即座にノーと首を横に振る。
「勝たなきゃ意味がない」
ストライカーに求められる仕事は万国共通だ。チームを勝利に導くゴールを決めること。あるいは、ゴールに絡むこと。明確な定義に照らし合わせれば、デビュー戦から3試合連続ゴールを決めながら、自身が出場した試合の結果が1勝3分け1敗と勝ち点を伸ばせていない事実に納得がいかない。結果に対する責任を背負い続けることもまた、プロになって初めて経験することだった。
「自分が中心になって、自分がゴールを決めることで、このチームを(J1へ)上げるという思いでいかないと。僕が入ってからあまり勝っていないので、周囲から『アイツが来てからダメだな』と思われないようにしないと。勝たなきゃ意味がないので」
来年1月末までの育成型期限付き移籍が突然発表されたのは、夏の移籍市場に関して、Jリーグへの登録が可能になる直前の7月14日だった。最終的な決断は発表される間際だったというが、それまでは決して短くない時間を自身の去就に対して費やしてきた、と小川は振り返る。
「迷いはもちろん……いろいろなことを考えました。最終的には自分が上に行くために最も必要なことを、一番大事なことを選びました」
東京オリンピック世代のエース候補という期待とともに、神奈川県の強豪・桐光学園高からプロの世界へ挑んだのが2016シーズン。いまも小川の胸中に巣食う苦悩の源泉をさかのぼっていけば、2017年5月に韓国で開催された、FIFA・U-20ワールドカップにどうしても行き着く。
エースストライカーの象徴となる「9番」を託され、代役の効かない絶対的なエースとして、5月24日のU-20ウルグアイ代表とのグループリーグ第2戦。開始わずか16分で左ひざに激痛を覚えた小川は、15歳で抜擢されていたFW久保建英(現レアル・マドリー)との交代を余儀なくされた。
試合中に緊急搬送された、水原市内の病院で告げられたのは左ひざの前十字じん帯断裂および半月板損傷。チームの決勝トーナメント進出を見届けてから失意の帰国を果たした小川は、患部の腫れが引くのを待って手術を受けた。全治6か月。残るシーズンを棒に振るほどの重傷だった。
久保、堂安、冨安…飛躍するライバルたち
しかも、翌2018シーズンになっても、なかなかコンディションが上向いてこない。リーグ戦では13試合に出場するも、先発はわずか4度。プレー時間の合計は444分と、フル出場に換算すれば5試合に満たない数字にとどまった。PKでJ1初ゴールをあげても、素直に喜べない自分がいた。
「前半戦では左ひざの状態がなかなか戻らなかったし、やっとよくなってきたと思ったら、今度は肩を脱臼して1か月半も離脱して。彼らと比べるわけではないですけど、やはり意識してしいますよね。自分としては不甲斐ないシーズンだったし、J1でレギュラーとしてバリバリ出ている選手じゃないと、間違いなくオリンピックという舞台には届かないと思っているので」
悔しそうな表情を浮かべながら、2018シーズンを振り返った小川が図らずも言及した「彼ら」とは、日本からヨーロッパへと飛び出していった東京オリンピック世代の盟友たちに他ならない。
FIFA・U-20ワールドカップの直後にMF堂安律がトップを切るかたちで、ガンバ大阪からFCフローニンゲンへ期限付き移籍。2017/18シーズンの活躍が認められて完全移籍に切り替えられ、2018年1月にアビスパ福岡からシント=トロイデンVVへ移籍したDF冨安健洋は、今夏にはセリエAのボローニャの一員になった。2人はさらに、昨年9月に船出したフル代表の常連となっている。
巻き返しを期した今季のリーグ戦でも、すべて途中出場で5試合、わずか53分間のプレー時間のまま、3つのカテゴリーの日本代表が別々のカテゴリーの国際大会に臨んだ6月を迎えた。
ブラジルで開催されたコパ・アメリカ2019へ臨むチーム編成に苦慮した日本サッカー協会は、18人におよぶ東京オリンピック世代を招集。昨年を含めてオリンピック世代を派遣してきたトゥーロン国際大会へは、東京組のなかでも準レギュラークラスを選出した。
小川が名前を連ねたのは、フランスへ向かうU-22日本代表だった。チーム編成とともに突きつけられた非情な現実を、小川は逃げることなく、真正面から受け止めている。
「トゥーロン国際の代表に選ばれたことはもちろん嬉しいし、置かれた環境のなかでベストを尽くすのがプロ。やってやる、という気持ちも強いですけど……ただ、コパ・アメリカの代表には東京五輪世代の、いつも一緒にプレーしてきた選手たちが選ばれていることは、やっぱりものすごく悔しい。トゥーロンではその悔しさを、反骨心に変えてプレーしたい」
出場機会を得られない理由はただひとつ
コパ・アメリカ2019の代表に名前を連ねた東京オリンピック世代に差をつけられ、時間の経過とともに距離が開いてしまった理由を、誰よりも小川自身がわかっていた。ジュビロで刻んできた3年半あまりの軌跡を、こんな言葉で振り返ったこともある。おりしもポーランドの地では、自身の運命を大きく変えたFIFA・U-20ワールドカップが開催されている時期だった。
「(ワールドカップは)すごく懐かしいというか、何かを思い出すところもありますけど……でも、けががあったとはいえ、現状にはまったく満足できないし、自分が思い描いていた状況でもない。リーグ戦で出場機会を得られていない、というのは間違いなく自分の責任。理由はただひとつで、監督にアピールできていないからです」
「自分のなかでは一日一日を大切にして、成長できるようにやってきた自負がある。だけど、それだけでは成長していないというところで、まだ自分が気づいていない何かがあるかもしれない。そこに早く気づいて、こうすれば成長できるという自分なりのものを、早く見つけたい」
PK戦の末にU-22ブラジル代表に屈したものの、トゥーロン国際大会に臨んだU-22日本代表は史上初の決勝戦進出を果たした。グループリーグでは不発だった小川は、U-22メキシコ代表との準決勝の後半終了間際に起死回生の同点弾をゲット。決勝でも大会無失点を続けていたブラジルから同点ゴールを奪うも、左足を痛めて後半途中で無念の交代を余儀なくされた。
J2に新天地を求めた小川
準優勝に終わった悔しさと、ある程度つかんだ個人的な手応えを手土産に帰国するも、ブラジル戦で負ったけがもあってベンチにすら入れない日々が続いた。その間に悩み抜き、弾き出した成長への答えがホーリーホックへの育成型期限付き移籍だった。
対照的に東京オリンピック世代は、FC東京からレアル・マドリーへ移籍した久保を筆頭に、逸材たちが続々と海を渡っている。FW安部裕葵は鹿島アントラーズからFCバルセロナへ移籍。期限付き移籍ではあるものの、FW前田大然が松本山雅FCからCSマリティモへ、FW中村敬斗がガンバ大阪からFCトゥエンテへ、そしてDF菅原由勢が名古屋グランパスからAZへ移った。
さらには年代別の代表招集経験のないFW食野亮太郎もガンバ大阪からマンチェスター・シティーへ完全移籍し、就労ビザの関係で他国のチームへ期限付きで移る。国内では東京オリンピック世代のエース格になったFW上田綺世が法政大学を退部し、2021シーズンからの入団を前倒しにするかたちでアントラーズの一員になり、リーグ戦で早くも初ゴールを決めている。
ライバルたちが戦うカテゴリーを上げたなかで、小川はあえてJ2へ新天地を求めた。ジュビロでは強く望んでも、公式戦で続けて先発フル出場することも、チームの結果に対する責任を背負い続けることもかなわなかった。だからこそ、いま現在に対して充実感よりも危機感が上回る状況が、やがては自分のレベルを引きあげると信じて突き進む。
「試合に出ることでしかわからないことを、本当にたくさん経験している。ただ、水戸でもレギュラーをつかんだわけじゃないし、当然だけどポジション争いがある。なので、もっともっとゴールを、それこそ毎試合のように決めるくらいじゃないと、水戸でレギュラーをつかむのも、代表に入るのも、オリンピックに行くのも難しくなると思うので。一日一日を大切にしていきたい」
「もっている選手はああいう場面で必ず決める」
スコアレスドローに終わった横浜FC戦では、実は73分に千載一遇のチャンスが巡ってきている。横浜FCのセンターバック、カルフィン・ヨン・ア・ピンがペナルティーエリア付近でまさかのトラップミスを演じ、こぼれ球がノーマークの小川の目の前に転がってきた。
狙いを定めた左足によるシュートは、しかし、左ゴールポストをかすめて外れてしまった。思わず天を仰いだ小川は、リーグ戦で12試合ぶりに無失点を達成した守備陣へ申し訳ないと頭を下げた。
「拮抗したゲーム、どちらに転ぶかわからないゲームをものにできるかできないかは、フォワードの力だと思っているので、そこをものにできなかった、という意味で本当に力不足だと思う」
前線からのプレスで「一の矢」を担い続け、サイドに開いてロングボールを収めて起点となり、チャンスをお膳立てしながらゴール前の危険地帯へ何度も侵入していく。身長186cm体重78kgの恵まれたボディをフル稼働させながら、画竜点睛を欠いたストライカーは自らを責めながら技術を高め、メンタルを鍛え直すことで捲土重来を期す。
「もっていると言われる選手や、何かを起こせる選手というのは、ああいう場面で必ず決める。自分はまだまだその域に達していなかったというか、試合を決定づけられる選手ではなかった。守備陣には本当に申し訳ないと思っているし、次こそはゴールを奪って守備陣を納得させたい」
次節で3分の2を終えるJ2戦線で、ホーリーホックは勝ち点45で横浜FCと並び、得失点差でわずか1ポイント及ばない6位とJ1参入プレーオフ圏内につけている。クラブ側は成績面の条件を満たした場合に備えて、昨季に続いてJ1クラブライセンスをすでに申請している。
自動昇格できる2位の京都サンガF.C.との勝ち点差は6ポイント。横浜FCの強力アタッカー陣を零封した守備陣にさらに粘りが生まれ、リーグで2番目に少ない堅守に磨きがかかれば、ゴールさえ奪えば勝てるという方程式も生まれる。クラブ悲願のJ1昇格という夢をも背負いながら、小川はストライカーを評価する唯一無二の指標であり、自身の未来を切り開くゴールを貪欲に追い求めていく。
(取材・文:藤江直人)
【了】