不思議だったSBからFWへのコンバート
サッカーにおいて年齢を重ねるにつれてFWからポジションを下げ、DFにコンバートされる例はよくあるが、その逆はなかなかお目にかかれない。
パッと思いつく限りでは、サンフレッチェ広島やヴァンフォーレ甲府などで活躍した“ラーメン師範”こと盛田剛平くらいだろうか。もともとはストライカーとしてプロ入りした彼は、左サイドアタッカーを経てセンターバックへのコンバートを経験し、キャリア晩年にFWとして再ブレイクを果たした。
いま、それと同じようなことがJ2の鹿児島ユナイテッドFCで起こっている。今季セレッソ大阪から加入した酒本憲幸は、金鍾成(キン・ジョンソン)監督の下でトップ下や1トップとして起用されているのだ。
近年はサイドバックのイメージが強い酒本「1トップというのは違和感はあります」と苦笑いしながら、指揮官からの抜てきを受けて「与えられたポジションをやるのはもちろんですし、自分に何を求められているかを考えながらやるしかない」と、22チーム中20位に沈む鹿児島に身を捧げる覚悟を語った。
「正直言うと、『もう引退しようかな…』と思っていた中で(金鍾成)監督が声をかけてくれて、『もう1回頑張ろう』『もう1回サッカーしたいな』というので鹿児島に入団させてもらったので、自分にできることは全部やるということでやっているだけで、ポジションにそこまで、どこをやりたい、何をやりたいというのはなくて、なんとかこのチームのためにという思いだけです」
今季序盤からその姿を見て驚いたと同時に、ずっと不思議だった。堅実なサイドバックのイメージだった酒本が、トップ下で攻撃の核を担い、ここ数週間はついに本職のFWの選手を抑えて1トップとして先発起用される。
さらに今月4日に行われたJ2第26節のジェフユナイテッド千葉戦では、ニアサイドに鋭く走り込んで難しいクロスに点で合わせる技ありの逆転ゴールまで決めた。その動きは、まさにストライカーだった。
香川や乾に押されてサイドバックに
ただ、酒本にとって前線でのプレーは全く経験したことのないものではないという。「僕も数えたんですけど、サイドバックと前目のポジションをやっているのは半分ずつか、ちょっとサイドバックの方が多いくらいなんですよ、実は」と懐かしそうに、サイドアタッカーとしてセレッソを支えていた頃を振り返る。
「香川(真司)、乾(貴士)が出だした時はまだ前やったから、そこで俺だったり(柿谷)曜一朗だったり、当時は苔口(卓也)、ハマちゃん(濱田武)、そういうところがベンチに座っていた。奴ら(香川や乾)のコンビプレーがエグすぎて出られなくなったので、それが2009年かな。
J2が50何試合あった時やね。2009年にウィングバックに下がっていって、2010年かな、レヴィー(・クルピ監督)が3-5-2から4-4-2に戻したので、そこでサイドバックになった。それが2010年からやから、2003年から7年は前目をやって、9年はサイドバック、1年は1トップ、おかしいですけどね(笑)」
酒本は和歌山県の初芝橋本高校からプロ入りし、2003年にセレッソでJリーグでのキャリアが始まった。それから2018年までセレッソ一筋で、右サイドMF、右ウィングバック、右サイドバックとしてJリーグ通算300試合出場も達成している。
その過程で香川や乾、柿谷のみならず、大久保嘉人、家長昭博、南野拓実といった世界へ羽ばたいていく数々の選手たちを堅実なプレーで支えた。
出番になかなか恵まれない時期も、J2降格やJ1昇格といった厳しい戦いもくぐりぬけてきた。チーム随一の経験値や技術、献身性、そして柔軟性を買って、金監督は酒本をトップ下や1トップとして起用して攻撃の構築を託しているのだろう。プロ1年目の2003年までセレッソのサテライトチームでコーチを務めていた指揮官と酒本には強い信頼関係もあるに違いない。
11日に行われたJ2第27節、3-3の壮絶な打ち合いとなった東京ヴェルディ戦の後、鹿児島の指揮官は「(周りとの)関わりを作るという点で酒本はヨンテより関わりを作れるなということ」と34歳のベテランを前線で起用する意図を説明していた。
奮起する若手ストライカー
金監督が名前を挙げた「ヨンテ」とは、朝鮮大学出身のFW韓勇太(ハン・ヨンテ)のこと。大卒で松本山雅FCに加入後、そのまま期限付き移籍で加入している22歳のストライカーは、ヴェルディ戦でもゴールを挙げ、7得点は現時点でのチームトップスコアラーだ。
韓は大卒1年目ながら開幕から多くの試合で先発出場してきたが、ここにきて酒本の1トップ起用に押される形でベンチスタートが多くなっている。「素直に悔しいです」と本職のストライカーとしての偽りなき気持ちを吐露した。
一方で、酒本の「FW」としての影響力の大きさは認めざるをえないところでもある。韓は大先輩との特徴の違いも踏まえつつ、プレー面以外の部分での酒本との差を実感している。
「やっぱりシャケさん(酒本の愛称)がいなかったら…ということは何回もありますし、そういう状況のときにシャケさんがチームに声をかけてくれて、また奮起するという状況が今まで何度もある。そういう部分で本当に尊敬できますし、プレーの面でもご覧の通りと言いますか、うまいですし、チームの中でも随一のテクニックを持っている。スタイルは違って、盗める部分もあれば、盗めない部分もありますけど、お手本にしている部分は多くあります」
「(プレースタイルは)180度くらい違いますね。やっぱりシャケさんは運動量だったり、言葉で動かすと言いますか、FWですけど、ディフェンスみたいな感じで、チームを鼓舞したり、指示を出したりしているのを見ているから、これは今の僕にはできないなと思うところもあります。
でも、シャケさんができない部分を俺はできると自負しているので、そういうところをうまく出せたら、まだまだ自分がストライカーとして確立できる部分は全然あると思う。そういう部分では、真似するというよりも自分がやるべきことをしっかりやるという感じですね」
韓の話を聞いていると、金監督が酒本を1トップに起用しているもう1つの理由が頭に浮かんできた。Jリーグでまだ実績のない若手FWの闘争心を煽り、競争で危機感を与えるとともに、奮起させながら経験豊富なベテランのプロフェッショナルな振る舞いを学ばせる。そうやって成長を促す意図もあるのではないだろうか。
2人で描く「起承転結」
また、指揮官の戦略として試合の流れをいかに作り出すかという面でも酒本と韓の併用には利点がある。先発した酒本が周囲と連係しながら試合のリズムを作り、状況に応じてパワフルでアグレッシブな韓を投入することでピッチに活力を注入し、再びテンポを上げてゴールを奪う。試合の起承転結の「起承」を酒本が、「転結」を韓が担うプランだ。
22歳のストライカーは、試合の中でどのように自分の持ち味を出していくか、その感覚を掴みつつある。ヴェルディ戦では途中出場ながら終盤に「バテてしまった」と語っていたが、あくまでジョーカーとしてではなく、自分らしさを発揮しながら継続性を身につけていくことも課題として認識しているところだ。
「周りが前を向いている時にうまく顔を出してキープしてあげるだとか、裏に抜けるとか、そういう部分で関わってあげるのもそうですし、シャケさんだったら、動き出しで(裏に)抜けるとか、後ろに下がってもらうとかが多いですけど、それより自分はそこで張って、潰れるか、潰れないか。そこで今日(ヴェルディ戦)もそうですけど、自分が潰れなかったら点が生まれますし、自分が潰れたら負ける。自分のプレーで何ができるか、できないかはわかりやすいと思うので、そこは自分も理解しているし、わかりやすいところで絶対に負けないとは思っています」
85分以降に4つのゴールが生まれて大乱戦となったヴェルディ戦の後半アディショナルタイム、韓は相手選手ともつれてゴール前に倒れこみながら、執念で右足を振り抜いてゴールネットを揺らした。まさにそのプレーこそ、彼が武器として認識しているものだった。
決して今の状況に満足はしていない。酒本の存在によって「火が点いていますね」と、韓は結果を残し続けてポジションを取り戻すことに燃えている。「チームが沈んでいるからといって自分が沈んでいてもいいわけじゃない。やっぱりFWとして、自分がエースになるんだという気持ちがある」という、それはもしかしたら指揮官の狙い通りの反応かもしれない。一方でラストプレーで自ら獲得したPKを外してしまった「決めてヒーローになりたかった」という一瞬の気の緩みは、「その時にしっかり自分と向き合っていたら…」と彼の中に残る甘さでもある。
「監督もそういう(酒本と自分を併用する)戦術・戦略を考えているだろうし、周りから見ても『これはいい戦術だな』と思うかもしれないですけど、自分がそこで納得しちゃったら俺の未来、今後はない。やっぱり俺はスタメンで出て、いろいろな仕事をして点に、勝利に繋げるという部分までいきたいですし、いこうという思っている。
そこはもっと欲張らなきゃいけないし、譲っちゃダメな部分でもあると思う。そこで譲っちゃったら自分というプレーヤーは自分じゃなくなると思っているので、もっと強引に、どうやって思われようが、しっかりやろうと思っています」
鹿児島がJ2残留を果たすために
純粋な得点力だけを切り取れば、間違いなくストライカーを本職とする韓の方が上だ。酒本もそこは「自分の特徴でいうと、ちょっと得点という部分から離れちゃうところがある」「最終的な局面で1人でゴリゴリいけるようなタイプではない」と認めているし、実際に現時点で2得点しか奪えていないという事実もある。
クラブとして初めてのJ2挑戦で残留するために、ひいては目の前の試合で勝利するために最後の局面でゴールを奪うには何が必要なのか。酒本は「前線の選手」として、思うところがある。
「それはいっぱいあると思うけど、やっぱり『ここからどうやって崩すねん!』というところがサッカーをやっていて一番面白い。もっと楽しんで、1人ひとりのアイデアでというのは、監督が求めているところの1つかなと。そういったところの擦り合わせが、やっぱりもっと必要なのかなというのと、そうとは言っていられないチーム状況の中で、もっとシンプルに、もっとゴールにシュートしていくところの兼ね合いもありながら、というところですね。だから最後のところはもっと突き詰めていく必要は絶対にあると思います」
金監督は1トップと周囲との関係性について「もう少しサイドの2人のプレーヤーと距離感が近く取れると機能するとは思う」と語っていたが、おそらくそれだけでは十分でない。
2人の起用法やそれも踏まえた戦術・戦略で、指揮官はどんな試合の起承転結を描いていくか。そして全ての試合が終わった時に最高の「結」を迎えられるだろうか。20位と低迷し、2度の5連敗があった鹿児島だが、直近は1勝1分と持ち直しつつある。
J2初参戦のチームには“ユナイテッド以前”を知る古株や、経験豊富なベテラン、期限付き移籍で借りてきた無名の若手たちはいても、絶対的な力を誇る外国人選手や、誰もが知るようなスター選手はいない。だからこそ34歳で1トップ初挑戦の酒本と、悔しさを力に変えた韓の競争や成長が、鹿児島のチームとしての今後を左右するのではないだろうか。
(取材・文:舩木渉)
【了】