Jリーグにも新競技規則の波が到来
サッカーの競技規則は毎年少しずつ変わっている。ただ、今年のルール改正はこれまで当たり前だった戦術を覆す可能性を秘めている。
国際サッカー評議会(IFAB)が採択した2019/20シーズンに向けての新たな競技規則は、すでにU-20ワールドカップや女子ワールドカップ、コパ・アメリカなどで採用されている。そして8月1日からはJリーグでも新競技規則の導入が始まった。
最初の試合は8月2日に行われたJ1リーグ第21節のヴィッセル神戸対ガンバ大阪で、それ以降は順次J1、J2、J3の各試合で新競技規則にのっとった形で進められた。
以前からの変更点としてハンドの基準の明確化などが挙げられる中、より注目すべきはリスタートにおけるルール改正だ。故意による時間の浪費の防止や公正さを守ることによって、サッカーの魅力をより高めていこうという意図が、新たな競技規則には込められている。
例えば、選手交代時には主審から特段の指示がない限り「境界線の最も近い地点から出なければならない」というルールが新たに定められた。これには勝っている時にベンチ近くまでゆっくりと戻って時間を稼ぐことなどを防ぐ狙いがある。
他にもフリーキック時に守備側チームが3人以上で作る壁から攻撃側チームの選手は1m以上離れなければならない、ドロップボールには最後にボールに触れたチームの競技者の1人のみが参加するなどが新たに定められた。いずれも時間を浪費したり、試合のリズムやテンポを悪くしたり、サッカーの魅力を損ねることを防ぐ狙いが見える。
そういった競技規則の改正の中で、今後のサッカーの戦術に最も大きな影響を与えそうなのがゴールキックに関する部分だった。
これまでゴールキックはボールがペナルティエリア外に出た瞬間にインプレーとなり、攻撃側の選手もボールを受ける際はペナルティエリアの外でなくてはいけなかった。しかし、今回の競技規則改正によって「ボールが蹴られた瞬間にインプレー」となるよう変更されたため、攻撃側の選手はペナルティエリア内でボールを受けられるようになったのである。
そして守備側の選手たちはゴールキックが蹴られるまでペナルティエリアの中に入ることはできない。ただ、相手選手が攻め残っていたり、ペナルティエリア内に倒れている状態でもクイックリスタートでゴールキックを蹴ることはできるため、ビルドアップにおける戦術的な幅や駆け引きが広がっていきそうだ。
Jクラブは新ゴールキックをどう活用?
U-20ワールドカップやコパ・アメリカなどで新競技規則によるゴールキックを見てきたが、すでに組織や戦術の一部として組み込んでいるチームもあった。従来通りのロングパスと、ペナルティエリア内で受けるショートパスの状況に応じた使い分けも重要になってきそうだ。
例えば2人のセンターバックと中盤の1人を加えた3人をペナルティエリア内に入れる極端なチームもある。GKからそのうちの1人に短いパスを出し、ペナルティエリア外から相手選手が寄せてくるまでの間にボールをコントロールして前を向き、プレッシングに出てきた選手の背後にできるスペースを活用して前進するといった流れをデザインすることもできるのだ。
では、実際にJリーグでの新競技規則に基づくゴールキックの活用具合はどうだったのだろうか。
もちろんほとんどがGK林彰洋からFWディエゴ・オリヴェイラの頭を狙ったロングパスのFC東京や、同様にGKヤクブ・スウォビィクとGKクシシュトフ・カミンスキーがほぼロングパスを選択し、ペナルティエリア内は避けていたベガルタ仙台とジュビロ磐田のように、まだあまり新競技規則を活用していないチームもある。
おそらくGKをはじめとした出場している選手のタイプやチームが指向する戦術によって、新たなゴールキックを使うかどうかが左右される側面もあるだろう。これまで通りの形を続けるというのも選択肢として存在している以上、間違ってはいない。
一方、ガンバ大阪は状況に応じたパターンをいくつか用意しているように見えた。1つは新競技規則に対応したペナルティエリア内でのゴールキックから、中盤の矢島慎也の下りながらマークを引き連れてくる動きを活用しての前進。さらに相手のプレッシャーがきつい時は、GK東口順昭から前線のパトリックめがけたロングパスも蹴っていた。
新競技規則を存分に活かしていきそうなチームもある。横浜F・マリノスはもともと低い位置から短いパスをつないで攻撃を組み立てていくのが特徴で、ルール改正前もペナルティエリアの横に両センターバックが開いてのゴールキックを使っていた。
それがペナルティエリア内でボールを受けられるようになり、GKパク・イルギュがボールパーソンから素早くボールを受け取って近くの味方につなぎ、相手を引きつけながらショートパスで前に進んでいく形をより使いやすくなったようだ。
ゴールキックも戦術の一部になるか
3日の清水エスパルス戦では、相手がそのゴールキックにあまり食いついてこず即座に有効な攻撃につながる場面は少なかったが、その前の先月27日に対戦したマンチェスター・シティのような前線からの積極的なプレッシャーをゴールキックのクイックリスタートでかわすことができれば、より意図的なチャンスを作り出せる回数も増えていくだろう。
マリノスのGKパクは「タイミングさえ合えば全然良いと思います。自分たちはすぐにリスタートしたいので。(もしセンターバックがペナルティエリア外まで)開いてもらっていたら、その時間に相手にも守備陣形を組み立てられてしまうので、それだったら早くボールをもらって、すぐ近くのところに(パスを)つけてそのままやれるので、そういう意味では良いと思う。そこの使い分けがもうちょっとはっきりできれば、自分たちにとっていい新ルールだと思います」と話していた。
ゴールの近くで相手のプレッシャーを受けることでピンチになりやすいリスクは当然ある。だが、攻撃側も守備側も全員がペナルティエリア外に出て、最終ラインを十分に上げて、ある意味ギャンブルのロングパスを蹴るよりは、守備側の選手たちが戻りきれていないうちにプレーを再開してバランスの崩れたスペースを素早く攻略していく方がチャンスになりやすいのは明らかだ。勝つためにはゴールを奪うことが必要だ。
マリノスに関して言えば、今後はボールパーソンがどれだけ素早くGKにボールを渡せるかすら戦術の一部として考えなければならないかもしれない。プレーが途切れた瞬間にセンターバックはポジションを取り直してパスを受ける準備を整え、ボールパーソンは瞬時に新しいボールをGKに手渡し、GKはそれをすぐセットしてパスする。
攻撃から守備に切り替わる局面で守備側の選手たちは対応を迫られ、急いでプレッシャーをかけにいったら後ろがついてきておらず、そのスペースを使われてしまう。中盤の選手の立ち位置や、前線の選手のボールの関わり方まで状況に応じたパターンを用意すれば、ゴールキックのクイックリスタートがチーム戦術の一部として機能する可能性は大いにある。
これからはゴールキックがゴールを奪うための重要な手段になっていくかもしれない。GKやセンターバックにはより一層ビルドアップに貢献する能力、パスやボールコントロールの正確性、判断の早さ、視野の広さなどが求められる時代になっていくとも言えるだろう。
ゴールキックも含めた競技規則の改正はサッカーの戦術を変えるか。はたまたそのトレンドはJリーグでも広まっていくか。まだ導入されたばかりで未知数な部分も多いが、これからも注意深く観察していきたい。
(取材・文:舩木渉)
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