「必ず皆を驚かせてくれる」(フェヌッチCEO)
「(ワルテル・)サバティーニTDも言っていたが、必ず皆を驚かせくれる選手だと思う。(移籍金の)値段が高かったこともあるし(笑)、我われは皆、彼に大きな期待をかけている。守備において複数のポジションが可能なユーティリティーの効く選手で、98年生まれと若いが経験値も高い。現在のボローニャを代表し、そしてクラブの将来を背負って立つ選手になってくれるものと期待している」
23日、セリエAのボローニャに移籍した冨安健洋の入団発表記者会見の席で、同席したクラウディオ・フェヌッチCEOはこのように述べた。「必ず皆を驚かせてくれる」「現在のボローニャを代表し、そしてクラブの将来を背負って立つ選手になって欲しい」という表現から、クラブがかなりの期待を彼にかけているということが伝わる。
ボローニャには、フェリペ・アヴェナッティという長身のウルグアイ人FWがいた(今夏にスタンダール・リエージュに移籍)。クラブは彼を昨季の夏からベルギー・ジュピラー・リーグのKVコルトレイクにレンタル移籍させていたのだが、スタッフがそのプレーぶりをチェックしている過程でシント=トロイデンにいた冨安を発見。その様子はリッカルド・ビゴンSDの知るところとなり、人材発掘のエキスパートと言われるサバティーニTDのお墨付きを得て獲得に至ったというわけだ。
その冨安は、冒頭の自己紹介をイタリア語で結構長々と喋った。
「トミと呼んでください。FCボローニャでサッカーができることをとても嬉しく思います。長い間、みなさんとともにここにいられることを望んでいます」。会見場内からは拍手が上がり、フェヌッチCEOも「あらゆるイタリア人選手に、同じことをやってみろと言いたいものだ」と感心のコメントを挟んでいた。会見はネットでも中継されたが、「すでにウチにいる何人かの外国人選手より、ちゃんとしたイタリア語喋ってんじゃん」という地元ファンの反応もあったようだ。
なぜボローニャを選んだ?
最初のステップとしては上々で、また重要である。チームメイトの自己紹介のときには乗せられるままダンスを踊ったというビデオクリップもクラブ公式HPでアップされていた。
「第一印象は大事だと思った。だからその上でダンスを披露させてもらいました。ただ、まだまだコミュニケーションをとることは必要だとも思っていますし、イタリア語を早く習得しないといけないなと思っています」と冨安は語った。
カターニアの街に馴染み方言で意思疎通をしていた森本貴幸しかり、またノリの良さでナポリ人的な『ナガティエッロ』というあだ名もつけられた長友佑都しかり、長くイタリアでプレーした選手はこういう入り方をしていた。人の言うことを解すると同時に、グループに属する人々に自分の人格を分かってもらう意味でも、コミュニケーションは必要なことなのである。
冨安はその長友から「そんなに詳しく話は聞いてないですけど」とした上で、「やっぱりそのプレッシャー、サポーターの熱さっていうものは凄いよっていうふうに聞いてました」と明かした。すでにボローニャの街に出た時にも「『頑張れよ、期待してるぞ』というふうに言ってくださるサポーターの方に実際会った」そうで、「そういった期待に応えられるよう頑張りたい」と決意を表明していた。
さて会見の中で記者が知りたがっていたのは、何を目標にイタリアへのステップアップと、ボローニャへの所属を決めたのかということ。冨安は、このように答えていた。
「細かい守備の個人戦術を学びたいという気持ちもあってこのチームを選んだ。(練習では)コーチからも細かい指示を受けましたけど、ポジショニングだったり体の向きだったり、細かいところではありますけど、そういうところを学びたいと思います」
キーワードは“細かい守備の個人戦術”である。守備における戦術の遂行が厳しく求められることで知られているイタリアだが、その厳しさの発端となっているのはゴール前での1対1における守備だ。ヴァヒッド・ハリルホジッチ監督が日本代表監督に就任していたときに「デュエル」を強調していたが、同じ言い回しはイタリアでもする。
そしてイタリアにおいて『ドゥエッロ(デュエル)』とは、単に体のぶつけ合いを奨励する概念ではない。むしろゴールへ向かってくる相手FWに対してどういう姿勢を持って対峙し、どう追い込んでいくのかという戦術的な駆け引きが強調されるのだ。
「監督のために戦うということを忘れずに」(冨安)
かつてアタランタやウディネーゼ、カターニアなどで活躍した、元センターバックのアンドレア・ソッティルという人物がいる。彼は監督の指導ライセンス取得にあたって『ドゥエッロ』をテーマに論文を執筆したが、その中の記載のほとんどが個人守備戦術についてだ。
相手FWがボールを持った際はもとより、中盤にボールがあった時の視野の取り方、サイドにあった時のポジショニング、FWに対峙した時の歩幅の取り方、カバーリングへの走り方、距離の詰め方が事細かく記載され、タックルの仕方などはそのあとに出てくる。
イタリアには個人守備においても指導理論が研究され、確立していることの一例である。冨安が学びたいと意欲を示したのもそういうところだろう。本来はセンターバックだが、ボローニャではサイドバックとしても試されている。しかしポジションに拘らず「ピッチに立つということを目標にしたい」と彼は割り切り、個人守備の洗練を狙っている。
コパ・アメリカ2019(南米選手権)のプレーぶりをチェックしていたボローニャの地元記者からは「冨安は『アンティーチポ(相手に先んじてボールをカットする守備のこと)』が上手い」と評価されていた。果敢に相手FWの一歩前に出てインターセプトを狙う技術の高さとアグレッシブな姿勢に、どのような洗練が加わるのか。
会見後に公開となっていた練習では、冨安はアシスタントコーチから英語で指示を受けていた。やがてイタリア語でのコミュニケーションに移行する時、付随して守備のノウハウも高めていくことになるのだろう。成長が楽しみである。
なお現在、ボローニャの練習はコーチングスタッフが分業して行い、白血病の闘病中であるシニシャ・ミハイロビッチ監督の復帰を待っている状態である。クラブハウスの前には、サポーターによって「この“敵”(病気のこと)も泣かそうぜ」という励ましの横断幕が掲げられている。
「加入してからもみんな監督のために勝とうという気持ちを感じましたし、僕もその一員として監督のために戦うということを忘れずにプレーしたいと思います」。冨安も会見の中で強調していた。
(取材・文:神尾光臣【イタリア】)
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