「チョン・ソンリョンよりいいよね」と言っても、なんの説得力もない
欧州でのプレー経験もある元日本代表。Jクラブを経ずにイングランドそしてベルギーへと旅立った林彰洋は、まだ大型のGKが少なかった日本にいち早くあらわれた先駆者だった。その林が30歳を過ぎ、FC東京に来てからの二年半でさらなる進化を遂げている。この進化が、首位を競うチームの躍進にもつながっていることは間違いない。
しかしそれはFWとの1対1での強さのみを意味しない。
「セーブ率にはあまりフォーカスしていない」という林のGK観は、少々独特なものかもしれない。
「いかにセーブ率が高い、いかにフィードがいいと言っても、最後に勝っていなければ、結局はゴールを守れず失点している、ということです。重要なのはチームを勝たせられるGKになりたいということ。そのなかに培ってきた技術を出していきたい。セーブ率を高めたいとか、試合は負けかもしれないが自分のプレーはよかったね、みたいな振り返り方をすることはない」
たとえば、セーブ数などの数値を取り出した場合、攻め込まれる機会の多い下位のほうがGKの被シュート機会が増える。シュートストップの多いGKがイコール上位チームのGKという結果になるとはかぎらない。その意味では、川崎のチョン・ソンリョンはデータで評価されにくい立場にあるが、もちろん彼が優秀な守護神であることは言を俟(ま)たない。
「この二年間、チョン・ソンリョン選手がタイトルを獲ったと言っても過言ではないと思います。相対的に少ないだろうピンチも彼のところで止めているからこそのタイトルだと思うので。客観的に外から見る第三者としてぼくらが対峙したときの彼は『結果を残しているGK』。その牙城を崩したいと思っています。『今年は5位だったけれど、(GK個人としては)チョン・ソンリョンよりいいよね』と言っても、なんの説得力もない」
林が勝つために掲げるプレースタイルは、GK単体でのシュートストップではなく、フィールドプレーヤーとの連動だ。だからこそ、開幕の川崎戦や、前半戦最後の横浜F・マリノス戦のように、相手に60数パーセントの支配率を許しても、前線から相手を追いあるいはコースを切り、ディフェンスが体を入れてコースを限定し、連動しながら失点を防ぎ、攻撃的な強豪相手の引き分けや勝利に結びつけている。
「ぼくは正常なポジションをとっているだけ」
田邊雅之氏の著になるインタビュー集『新GK論』(カンゼン)の冒頭では「GKは基本的に一人でプレーしなければならない」と結論づけ、実際、同著に登場する林も「最後はGKと相手の1対1だと思っています。そこは著者の田邊さんと同じ」と認めるが、その1対1へと導く前段階に、失点を防ぐための知見を注ぎ込んでいる。すなわち、フィールドプレーヤーとの連動だ。
「1対1の手前で(組織的に)相手にプレッシャーをかけたり、相手が撃ちにくい状況をつくりたいなとは思っています。欧州でプレーしたときは、言葉の問題でうまく要求を伝えられなかったり、言葉が通じたとしても、言うことを聞いてくれない選手がいたりしました。そこで、最低限やってくれという要望だけはがんばって伝え、多くは望まないようになったんです。でも、日本の場合はそのコミュニケーションがとりやすい。もっと詳細に、事前に内容を詰められる。いわば(フィールドプレーヤーとの調整の部分を)“日本流”にシフトしただけ、という感じです」
今シーズンのFC東京は、GKとDFが密接に結びつき、堅守を誇っている。その背景に林の“調整力”があったのだ。
では、前に出て広大なスペースをカバーするポジショニングがディフェンスラインの背後をケアするためのものかというと、そうではないという。
「常に相手ボール保持者との対峙で(ボール基準で)プレッシャーをかけるために、高い位置をとっています」
相手のCKから自軍ゴールまでの距離と同じだけの距離をとると、あのポジショニングになるというのが林の説明だった。
「見え方が違うだけで、相手ボールに対する距離という点では同じなんです。ぼくは正常なポジションをとっているだけだと思っています」
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(文:後藤勝)
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