バランスのとれた中盤のトリオ
コパ・アメリカ2019の決勝戦が行われたのは、エスタジオ・ド・マラカナン。1950年のブラジルワールドカップ決勝リーグでブラジルがウルグアイに敗れて優勝を逃した「マラカナンの悲劇」、2014年のリオデジャネイロオリンピックで、五輪サッカーにおいてブラジルに初の金メダルをもたらした「マラカナンの歓喜」など、数多くの歴史を持つスタジアムである。
ブラジルとペルーはグループステージ第3戦で対戦し、ブラジルが5-0で大勝している。その後ブラジルはパラグアイとアルゼンチンを、ペルーはウルグアイとチリを破って決勝に進出。両チームともに準決勝からメンバーを入れ替えずにこの一戦に臨んだ。
開始当初、ブラジルの攻撃はペルーの高い位置から激しいプレスに封じられていた。特にMFアルトゥールとMFフィリッペ・コウチーニョは、ペルーの中盤が素早い寄せがきき、前を向くことができずにいた。しかし、両者がスタートポジションにとらわれずに動き回り、カゼミロがバランスをとるポジショニングに重きを置くことで、ブラジルは徐々に試合の主導権を握っていった。
昨年のロシアワールドカップでは、パウリーニョやレナト・アウグストといったパワーのあるMFが起用されていたブラジルだが、その後はワールドカップ後に代表デビューしたアルトゥールが定着している。
DFラインの前でピンチの芽を摘み取るカゼミロと、バルセロナでもコンビを組むコウチーニョとアルトゥールから構成される中盤のユニットは、個々の役割が明確でバランスがとれていた。
「ファイナルは勝つためのもの」
試合は15分にスコアが動く。ブラジルは右サイドでDFの背後をとったガブリエル・ジェズスがボールを受けると、ファーサイドにクロスを上げる。これをフリーで受けたエベルトンが右足でボレーを打ち込むと、ボールはゴールへと吸い込まれた。
しかし41分、ブラジルDFチアゴ・シウバが滑りこんだときについた手にボールが当たって、PKの判定。これをペルーはゲレーロが冷静に沈めてペルーは同点に追いついた。
前半アディショナルタイム、ブラジルはフィルミーノが敵陣でボールを奪うと、アルトゥールが中央で間合いを作りながらジェズスにボールを送る。これをゴール左隅に打ち込んで、ブラジルは勝ち越しに成功した。
70分、このまま逃げ切りたいブラジルの雲行きが怪しくなる。直前にアドビンクラにファールを受けていたジェズスが、直後のプレーで報復とも捉えられるファールを犯してしまう。主審はこれに2枚目のイエローカードを提示してジェズスは退場となった。
ここで、ブラジルのチッチ監督は冷静かつ思い切った采配に出た。まずはフィルミーノに代えてリシャルリソン。さらに、コウチーニョを下げて本職がCBのミリトンを投入。SBダニエウ・アウベスを一列上げ、ミリトンを最終ラインに入れて守備を固めた。
ここで、昨季のUEFAチャンピオンズリーグ決勝前にモウリーニョが発した言葉を思い出す。「ファイナルはただプレーするものではない。ファイナルは勝つためのものだ」。
若手の台頭と世代交代
1人少ないブラジルにとっては、まわりを生かすフィルミーノや守備の貢献度が低いコウチーニョより、個人技で打開できるエベルトンやリシャルリソンの方が、失点のリスクも低く、追加点のチャンスも期待できる。
ブラジル代表の攻撃の核を担ってきたのはフィルミーノやコウチーニョを下げるのは大胆にも思える。だが、チッチ監督の交代策はとても理にかなったものだった。
そして、87分に試合が動いた。
左サイドのスローインをリシャルリソンが深い位置でボールを収める。一旦ボールをエベルトンに下げると、アルトゥールとのパス交換からエベルトンが中央にカットイン。最後のドリブルのタッチが大きくなり、ボールはGKの手に収まったが、DFのチャージがファールとなりPKの判定に。途中出場のリシャルリソンがこれを決めて、ブラジルに決定的な追加点が生まれた。
最後は殊勲のエベルトンを下げてMFアランを入れて守備を固める。確実にアディショナルタイムの時間を削ったブラジルが、3-1で勝利。2007年以来4大会ぶりの優勝を決めた。
昨年のロシアワールドカップでは準々決勝でベルギーに敗れ、国内からは批判の声も多かったチッチ監督。さらにブラジルは、エース・ネイマールは直前の親善試合での怪我により欠場を余儀なくされていた。
振り返れば今大会も、初戦のボリビア戦と次戦のベネズエラ戦では、ともに前半を無得点で終わり、ハーフタイムには観衆から大きなブーイングが発せられていた。しかしチッチ監督は、初戦ではダビド・ネレスとリシャルリソンが先発するも、それが不発に終わると見るやエベルトン、ジェズスといった選手を躊躇なく起用する柔軟さを見せていた。
チッチ監督は、得点王に輝いたエベルトンやアルトゥールといった20代前半の選手たちをワールドカップ後に数多く代表デビューさせた一方で、最終ラインには大会MVPに輝いたダニエウ・アウベスやチアゴ・シウバといったベテランを軸に据え続けた。
優勝を義務付けられた開催国としてのプレッシャーに加え、世代交代を迫られた状況の中、優勝と若手の台頭をどちらも実現したチッチ監督の采配には、目を見張るものがあった。
(文:加藤健一)
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