「熟練のプロフェッショナル」とチームメイトからは評される
マンチェスター・ユナイテッドは6月29日、クリスタル・パレスからU-21イングランド代表DFアーロン・ワン=ビサカを獲得したと発表した。事前のリーク情報やメディカルチェックの様子がSNS上で確認できるなど数日前から既定路線となっていたこの移籍だが、ユナイテッドがクラブ史上5番目に高額な5000万ポンド(約68億8000万円)の移籍金を支払った21歳の若者には大きな注目が集まっている。
昨季のワン=ビサカはプレミアリーグで35試合出場3アシストという結果を残し、不動の右サイドバックとしてクリスタル・パレスのプレミアリーグ残留に貢献した。
彼の貢献度が高かったのは守備面だ。抜群のタイミングで足を出し、タックルでプレミアのワールドクラスのアタッカー陣をことごとく封殺。ポジションを争った年上のチームメイトのジョエル・ウォードからは「熟練のプロフェッショナル」と評されるほどに、ワン=ビサカの守備は若手離れした安定感だった。
実際、新たな上司となるオーレ=グンナー・スールシャール監督は「プレミアリーグで将来が期待されているベストなDFの1人」と期待感を隠さない。ちなみにそのタックルの上手さから「スパイダー」というあだ名をファンからつけられているワン=ビサカは、もともとサイドバックの選手だったわけではない。プレミアデビューした2018年2月の、およそ半年前まではアタッカーとしてプレーしていたのだ。
子供の頃の憧れの選手はロナウジーニョ
クリスタル・パレスの本拠地セルハースト・パークからほど近い南ロンドンのクロイドンに生まれたコンゴ系移民の子アーロンは、物心がついたころから年の近い兄ケヴィンとともにボールを蹴っていた。当時のヒーローはロナウジーニョとティエリ・アンリで、自身も彼らを真似したスキルフルなドリブルを武器に兄ら年上の少年たちを圧倒していた。
本人も当時を振り返って「とにかくトリッキーなプレーが大好きで、ディフェンスは大嫌いだった」と語っている。そして11歳の時にクリスタル・パレスからスカウトを受けたワン=ビサカは、コンゴ国籍のプロ選手がいたこともあって快く下部組織へ入団した。
さらに14歳の時にも、コンゴにルーツを持つヤニック・ボラシーがトップチームに加入する。回転しながらボールを浮かせる独特の“ボラシー・フリック”などトリッキーなプレーを見せるウィンガーに少年が魅せられるのは時間の問題だった。日夜ドリブルを磨いてDRコンゴの年代別代表へ選出されたワン=ビサカは17歳だった当時、インタビューで「両サイドでプレーしていて、10番の位置もできるよ」と自己紹介している。
そして2017年夏、エバートンへ去ったボラシーと入れ替わるようにワン=ビサカは有望なアタッカーの1人としてトップチームへ合流した。11歳からの念願が叶い「不思議な気持ちだった」というその頃、クラブにはちょっとした変革が起こっていた。
人生を変えた“史上最低の監督“との最高の出会い
2017年春、サム・アラダイス監督の退任に伴ってフランク・デ・ブール氏が新たな指揮官に就任し、クリスタル・パレスはロングボール主体の従来の戦術からショートパス主体へ転換を図ったのだ。結論から言うとこの試みは大失敗。開幕から4連敗でしかも無得点という結果を残したデ・ブールは、プレミア史上初の無得点でクラブを去った監督となった。
しかしこの “クラブ史上最低の監督”との出会いはワン=ビサカの人生を大きく変えることになる。3-4-3の導入を目指したデ・ブールはウィングバックの位置の選手に攻守両面での貢献を求め、ワン=ビサカのコンバートを練習の中で試みていた。
後任のロイ・ホジソン監督はチームの基本システムを4バックに戻し、ワン=ビサカ自身もセカンドチームでのプレーが続いたが、ウィングバック起用は唯一無二の才能を見つけ出すことになる。
「タックルを理解したんだ。僕は足が長いし、どこにどう動けば相手に勝てるか自然とわかった」とワン=ビサカは振り返っている。しかもアタッカー側の心理や感覚が理解できることも成功につながった。
それからサイドバックとして実戦経験を重ねていたワン=ビサカに千載一遇のチャンスが訪れる。年が明けて2018年2月、同じポジションのライバルであるジョエル・ウォードらが負傷離脱、右サイドバックの主力級を失ったホジソン監督はワン=ビサカの起用を決める。
プレミアデビューの相手はトッテナム。強豪相手に「長い午後になるだろうと思った」と語るワン=ビサカだが、開始早々に突っ込んできたベン・デイヴィスをスライディングで止めると、その後も90分間集中力を保ち続けて相手を完璧に封殺した。その後の試合でも出色のパフォーマンスを見せたことによって完全にレギュラーへ定着し、前述の活躍へつながる。
鉄壁の守備は明らか、攻撃面は…?
プレースタイルについてもう少し説明すると、ワン=ビサカは非常に対人戦に強く、対峙するアタッカーの自由を奪うことに長けている。わかりやすい例でいうと、2018年12月に行われたマンチェスター・シティ戦、最終的に3-2で勝利しクリスタル・パレスが大金星を挙げる試合では、突破力に定評のあるレロイ・サネに決定機を作らせなかった。
相手の予想外の位置から伸びてくる長い足を活用した身体能力頼みの巧みなスライディングだけでなく、完璧な予測能力で一気に間合いを詰めてボールを奪い取ることもできる。彼をかわしきるのは至難の業で、昨季のタックル成功数はなんとプレミアリーグでは3位。ちなみに1位と2位は共に中盤の選手のため、サイドバックとしては最もタックル成功数が多かったことを意味する。
守備面が注目されがちだが、元アタッカーということもあり、攻撃面でも貢献度は高い。とにかく足が速くて推進力は抜群、少年の頃から鍛えてきたドリブルはなかなかのものだ。
クリスタル・パレス時代には1列前でウィングとしてプレーするアンドロス・タウンゼントにボールが入ると、すぐさま駆け上がって追い越す動きを見せていた。スタミナも無尽蔵でサイドでのアップダウンを終盤まで繰り返すことができる。走力と帰陣の早さを買われて右サイドバックへコンバートされたアントニオ・バレンシアの代役は簡単にこなせるのではないか。
クロスの質を不安視する声もあるが、これは本来ウイングの選手で空中戦は特別強くないウィルフレッド・ザハらを最前線に起用していたチーム事情によるもので、特別下手なわけではない。事実3アシストのうち2つは2019年冬に加入したミシー・バチュアイへのクロスで、彼のようにゴール前での駆け引きに優れた選手がいれば、自ずとアシスト数は伸びるだろう。
課題を挙げるとすると細かいコンビネーションやビルドアップの局面になるか。経験の少ない素早いテンポでのコンビネーションや組み立てをこなせるかどうかには一抹の不安がつきまとう。この部分はスールシャール監督のコメントの通り、成長を見守っていきたいところだ。
とはいえ短期間でサイドバックに適応し、1年でプレミアリーグトップレベルに上り詰めたワン=ビサカの成長の速さと吸収力は筆舌に尽くしがたい。彼ならユナイテッドの右サイドを格上げし、国際舞台へ羽ばたける。そんな期待を抱かせてくれる選手だ。
(文:プレミアパブ編集部)
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