ダニエウ・アウベスが作り出した「優位性」
サッカーにおける優位性には3つの種類に分けられるという。最もわかりやすいのは量的優位で、局面での3対2など、数が上回っていることを指す。残りは位置的優位と質的優位で、前者はポジションによって優位性を作り出すことで、後者は選手の特性によって優位性をもたらすことである。
サッカーは11人対11人で行われるスポーツである。なので、全体で見れば量的優位とはならない。となると、残りの2つをいかに生み出せるかとなるが、この試合で優位性を生み出していたのは右SBダニエウ・アウベスだった。
全盛期のダニエウ・アウベスのプレーと言えば、右サイドのタッチライン際の高い位置にポジションを取り、高い技術とスピードで多くのチャンスを作るといったものだろう。バルセロナ在籍時は、この日対戦したアルゼンチンのメッシと右サイドでコンビを組み、多くのゴールをクラブにもたらしてきた。
しかし、この試合でのダニエウ・アウベスの仕事場はタッチライン際ではなく、「右ハーフスペース」だった。
準々決勝と同じ4-3-1-2の布陣で臨んだアルゼンチン代表は、左インサイドハーフに2戦連続でマルコス・アクーニャを起用。やや内側にポジションを取るダニエウ・アウベスとアクーニャがアルゼンチン陣内では完全にマッチアップする状況となった。
アルゼンチンは、右サイドから攻めるブラジルの攻撃に手を焼いた。ブラジルがアタッキングサードに侵入した52.1%は右サイドだったというデータがそれを物語っている。この日のブラジルの攻撃は、右サイドを起点として行われていた。
先制点をもたらしたダニエウ・アウベスの技術
試合が動いたのは19分、ダニエウ・アウベスが相手を引き付けて右サイドのロベルト・フィルミーノに展開すると、ダイレクトで出したグラウンダーのクロスがゴール前のガブリエリル・ジェズスへ。フリーで受けたジェズスがゴールへと流し込み、ブラジルは貴重な先制点をあげた。
この場面で起点となったのはダニエウ・アウベス。浮き球を華麗なタッチで触ってアクーニャをかわすと、中盤の底から寄せてきたレアンドロ・パラデスを切り返しで突破。左SBのニコラス・タグリアフィコが間合いを詰めたことで、フリーの状態のフィルミーノにパスを送っている。フィルミーノにCBニコラス・オタメンディが対応せざるを得なくなり、空いたゴール前のスペースにジェズスが入り込んだ。
この得点シーンに関わったブラジルの選手は結果的におとりになったコウチーニョを含めて4人。対するアルゼンチンは4人のDFと3人のMFが対応している。4対7で数的には不利だったブラジルが、ダニエウ・アウベスの技術と判断によってフリーの選手を連鎖的に作り出したといえる。
ブラジルは後半開始からエベルトンに代えてウィリアンを投入。後半開始時は左に入っていたが、その後は右に入り、ジェズスとポジションを入れ替えている。本来はストライカーのジェズスではなく、ウインガーのウィリアンがダニエウ・アウベスの前にくることによって、後半はダニエウ・アウベスがよりインサイドのポジションを取りやすくなった。
アクシデントを乗り切ったブラジル
1点をリードしたブラジルは、後半にアクシデントに見舞われる。ここまで4試合フル出場してきたマルキーニョスがピッチに座り込んでしまった。マルキーニョスは一旦ピッチサイドにはけて、ベンチではベテランのミランダが準備を進めていた。
プレー続行不可能かと思われたマルキーニョスだったが、一度はピッチに戻り決死のディフェンスを見せる。しかし、プレーが途切れたところでマルキーニョスは退き、ミランダがピッチに入った。
おそらくマルキーニョスは傷んだ時点でプレーができないとわかっていただろう。それでも10人になったブラジルを何とかしようとピッチに戻った責任感は素晴らしいものだった。
試合の大勢が決したのは71分。ルーズボールを中盤で拾ったジェズスが、敵陣へとドリブルで突破。最後はゴール前のフィルミーノにボールを預けると、フィルミーノが冷静にゴールへと流し込んだ。
ブラジルは80分にジェズスに代えてアランを投入。中盤を3枚にして、守りを固めたが、直後にアクシデントに見舞われる。後半開始から入っていたウィリアンがもも裏をおさえてピッチに倒れ込んでしまった。
交代枠を使い切っていたブラジルはウィリアンを下げることができず。ダッシュすることができないウィリアンをピッチに残しながら、ブラジルはアルゼンチンの攻撃をしのぎ切った。
4大会ぶりの決勝進出を決めたブラジル。ジェズス、エベルトン、アルトゥールといった20代前半の選手が多くメンバーに入っているブラジルの中で、36歳のダニエウ・アウベスの老獪な個の力が、今大会の最大の山場で、ブラジルに勝利をもたらした。
(文:加藤健一)
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