「W杯で優勝したときほどの力はない」
過去の栄光とは、ありがたい反面やっかいなもので、前々大会で最強アメリカを破って優勝し、全大会でも準優勝というなでしこジャパンは「元優勝国で、今大会でも強豪国の一角」という、期待をもったまなざしで見られていた。
よって、初戦では初出場のアルゼンチンに苦戦して0-0のドロー、2戦目のスコットランド戦に勝利しても『やっとのことで勝った』という論調で報じられ、イングランドに敗れはしたがグループ2位で次ラウンドに勝ち抜けても、『2大会連続ファイナリストにしては、内容的にはこれまで納得させられるものはなかった』『なでしこの花は、いったいいつ花開くのか』と評価は厳しかった。
しかしこれは、一般的なメディアの話。日常的に女子サッカーを追っている専門メディアは、なでしこジャパンの現状をよりよく把握していた。
女子サッカー専門サイト『Coeurs de Foot』(https://coeursdefoot.fr/)を主宰するドゥニア・メスリ記者は、4月に日本代表がフランスと練習試合を行ったときにも、冷静に分析していた。
「いまの日本代表は、あきらかにワールドカップに優勝したときほどの力はない。テクニックやゲーム展開の術など、あらゆる面において以前より弱体化しているのは否めない」
彼女たちのような専門メディアは、昨年フランスで行われたU-20ワールドカップも取材し、ヤングなでしこの奮闘を目撃している。
「昨年のU-20ワールドカップでは非常に良い印象を受けた。とくに遠藤(純)のように個人的にもものすごく好きなタイプの選手もいて、今後が楽しみ。そういう意味でも、日本代表はいまは発展途上にあるという印象で、ポテンシャルは十分にある。だからこのワールドカップでは、優勝候補というよりも、どのような戦いかたをするかに注目したい」。
メディアが称賛したオランダ戦の戦いぶり
そんな入り混じった評価が、はじめて一致したのが、ラウンド16のオランダ戦だった。日本は現欧州チャンピオンに1-2で敗れ、ベスト8入りならずして敗退することになったが、前半に先制点を許すも、ハーフタイムに入る前にイーブンに返し、後半はゲームの主導権を握ったその戦いぶりについて、目にした限りすべてのメディアが賞賛し、『アンラッキーな結果だった』と評した。
メスリ女史の『Coeurs de Foot』では、同僚のジャマル記者が、「この試合は、この大会でのなでしこジャパンのベストマッチであり、前半戦の終盤に岩渕真奈のパスから長谷川唯が決めた前半のシュートはこの大会これまでベスト級のシュートといっても過言ではない」と褒め称えた。
「彼女たちは、まだまだ自分たちのレベルを上げてゆけるのだということを証明してみせた。それだけに、ここぞ、というときに決め手を欠いたのが悔やまれる」。
ジャマル記者がとりわけ強調していたのが、日本の攻撃アクションだ。常に敵陣内で3人がコンビネーションを構成してビルドアップを試み、その中からシュートチャンスを作り出していく。トリオは長谷川、菅澤(優衣香)、岩渕のときもあれば、杉田(妃和)が絡むこともある。79分の、バーに当てたシュートは惜しい一撃だった。
その杉田を、フランスで老舗の女子サッカーサイト、『footofeminin.fr』(フット・フェミナン)は、勝者側のオランダ勢をさしおいて、この試合のMVPに選出している。
『いたるところに動き回り、あらゆるアクションに絡んだ。彼女のパフォーマンスが、この日のなでしこジャパンの戦いぶりを象徴していたといっても良い。バーに当てたシュートなど、ところどころで精度を欠いたのが惜しかった』
会場だったレンヌの地元紙、ウエスト・フランス紙も、この試合の一番の見せ場(TOP)には『日本代表の後半戦の戦いぶり』を挙げている。
『先制点を許したあとはギアを上げて反撃、同点に返したあと、後半戦は試合を完全に支配していた』
それだけに『数々の惜しいチャンスがあったにもかかわらず決定力を欠いたのは残念だった』と。
勝負強さの重要性
ちなみに同紙がこの試合でもっとも残念だった点(FLOP)に挙げたのは、『熊谷紗希へのイエローカード』だ。
『どう見ても故意ではなかった。ただ、この判定自体はロジックだったとしても、主審が彼女をイエローカードの処分にしたのはまったく理解ができない』。
なんだ、期待はずれじゃん、という大会序盤の評価を、やっぱりテクニックもあるし良いチームだ、アメリカを破って優勝しただけのことはある、という高評価に一転させたのは、前向きに受け取れる成果だ。
決定力に欠ける点についても、誰が指摘するまでもなく、彼女たちが一番痛感していることだろう。そこでやはり感じるのは、『勝負強さ』を養うことの重要性だ。
グループリーグでも3戦3勝したオランダは、この日本戦でメジャー大会10連勝目をあげた。しかしグループリーグでの3試合も、この日本戦も、ゲーム内容についてはそれほど高い評価を受けていない。
DFドミニク・ブラッドワースも、英国の女子サッカー専門誌『She Kicks 』でのインタビューで、「このトーナメントでベストな戦いができていないことは事実です。正直この試合も、日本が決定機を外してくれたので救われました」と認めている。
「ただ、私たちにあるのは、自分たちを、このチームを信じているということです。絶対的な信頼だけはある。信じて戦っていれば、いつか必ずゴールチャンスがきて、試合に勝つことができるのだ、と確信しているんです」
その信念を胸に戦い続けた結果が、あの際どい時間帯でのPKゲットであり、リーケ・マルテンスは、その絶好のチャンスを逃すことなく、緊張感の中でペナルティキックを決めてみせた。ここまで自分たちは9連勝してきたんだ、という実績が、彼女たちの自信を、根拠のあるものにしているのだ。
「良い試合をして勝つチームが真に強いチームではない。真に強いチームとは、内容の良くなかった試合でも勝てるチームのことだ」
と言ったのは、90年代にマンチェスター・ユナイテッドでトレブル(リーグ優勝、カップ戦優勝、チャンピオンズリーグ優勝)を達成したサー・アレックス・ファーガソンだ。
それは技術的、戦術的にうまいだけでなく、なにがなんでも勝ち切るという、『勝負強さ』が必要であるということだろう。この大会での経験が、なでしこジャパンをさらに強いチームに成長させる糧になってくれることを祈って。
(文:小川由紀子【フランス】)
【了】