エジミウソンが立ち上げた新たなクラブ
かつてバルセロナやブラジル代表として活躍したエジミウソンが、いま何をしているのかご存知だろうか。ピッチ上で常にクレバーに振る舞い、引退後は監督業に就くと思われたが、本人が選択したのは意外な道だった。
エジミウソンは第2の人生として、輝かしいトップレベルでの仕事を継続するのではなく、それとは正反対のボトムの仕事を始めようとしている。彼が選んだのは選手育成のスペシャリスト。このほど「Futebol Clube SKY Brasil」というサッカークラブを立ち上げた。
日本企業スカイライトコンサルティング株式会社の協力のもと立ち上げた同クラブは、まずはU-15とU-17の2つのカテゴリーからスタートする。
単なる思いつきではない。それを最もよく表しているのが、新興クラブにしては珍しい充実した施設だ。ブラジル・サンパウロ市内から車で1時間ほど走った、サンタナ・デ・パルナイーバ市にある「テレ・サンターナCFA」と名付けられたトレーニング施設には、60名以上の選手を受け入れる宿泊施設やプール、フィットネスセンターを完備する。なお、施設名はエジミウソンがかつて師事し、キャリアに大きな影響を与えた名将テレ・サンターナにちなんでいる。
預かった子どもたちはここから学校へ送り迎えする。教育面でも十分なサポートをするのは、選手キャリアを終えた後も社会人として活躍できようにするため。当然、施設内には勉強するための場所も整備する予定だ。
エジミウソンほかスタッフはブラジル国内の何箇所のも候補地をめぐり、最終的に行政の協力も手厚かった同地を拠点とした。
ここまで本気になる背景には何があるのか。
育成への思い。きっかけは社会の変容
エジミウソンは語る。
「プロジェクトは突然降って湧き出たわけではなく、引退当時から頭の中にあった。というのは、引退後に、ここのコーチの1人、エドゥアルドとともに選手育成のメソッドを作っていたからだ。もちろんそのメソッドだけではなくスカイライトコンサルティングとの出会いも重要だ。大きなサポートがあってプロジェクトはスタートできた」
現役引退後、指導者コースで勉強もしていたが、サッカー選手としての経験もそのメソッドのベースになっているという。育成への思いは長年持ち続けていたようだ。そして、その根底にあるのは、未来を見据えた上での切なる願いだ。
「僕が子どもだった30年前と比べてブラジルの社会自体は大きく変わった。あの当時は外でサッカーをしても安全だったし、僕の両親も心配しなかった。知っていると思うが、ブラジルの学校は質が良くないため、子どもたちは外でサッカーをする。
今は麻薬が蔓延し、治安も悪くなり、外で遊べなくなった。当時、あのような誰もが外でサッカーできる状況だと、そこからたくさんの名選手が生まれる。ところが、社会が変わって、子どもがサッカーをする場所が減っている。
麻薬の問題も大きい。ブラジルだけでなく、世界的に問題ではあるが……。このような社会の変容が、プロジェクトを発想した根底にある。メソッドを作って、サッカーを通じて青少年の教育をしていきたいんだ」
ブラジルは2000年代以降、経済発展が進み、他の同様の国と合わせて「BRICs」と呼ばれている。しかし、貧富の格差は激しく、犯罪率が低下したわけではない。このような歪な社会情勢はサッカーにも影を落としているようだ。
インテリジェンスのある選手の特徴とは?
エジミウソン曰く、ブラジルサッカーは本質を忘れてしまっているという。「欧州のコピーだ」と嘆く。
「例えばクラブのサッカーを見ると、先が見えるし、読みやすい。ワクワクしない。勝利至上主義で監督へのプレッシャーが強いため、ブラジルサッカーにあるような美しさがなくなっている」
もちろん、依然としてブラジルは世界各国に選手を送り出し、どのリーグでも中心選手として活躍できる能力を発揮している。そのような国はブラジル以外にはない。「だからこそ教育が重要なんだ」とエジミウソンは力説する。
「僕が養成したいのは、インテリジェンスのある選手だ。それはブラジルのサッカーのDNAにある創造性、即興性、1対1の強さ。それをここぞという場所で、ここぞというタイミングで発揮する。そういう選手だ。
いま足りないのは教育。ブラジル流の教育をしないといけない。欧州から借りてきたような教育ではダメだ。ブラジルサッカーにルーツとしてある創造性などのことを言っている。インテリジェンスのある選手の養成、それは僕たちの使命だ」
ブラジルは2002年日韓大会以降、ワールドカップ優勝から遠ざかっている。エジミウソン・メソッドが、かつての圧倒的な強さを誇ったブラジル復権のきっかけになるかもしれない。そして、Jリーグによりクオリティの高い選手がやってくる可能性もある。
もちろんそれは短期間でできることではなく、即効性もない。長い目で見なければならない。10年、20年あるいはそれ以上かかるかもしれない。気の遠くなるような長さだが、これがエジミウソンが選択した道。かつての英雄は、長い時間をかけてブラジルサッカーの地盤をじっくりと整えるつもりだ。
(取材・文:植田路生【ブラジル】)
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