スピードスターのアドバンテージ
スピードは大きな武器だ。速いといっても敏捷性、加速性といった身体能力から、判断が速いというものまであるが、サッカーではどの速さもアドバンテージになる。
永井謙佑のスピードに世界が驚いたのはロンドン五輪だった。速いだけでなく、連続して走れる耐久性も兼ねていた。永井のチェイシングがなければベスト4もなかったかもしれない。キリンチャレンジカップ2019のエルサルバドル戦、永井の速さが注目を集めた。
1点目、長い縦パスを追って駆け抜け、急停止で2人のDFを横転させる。カットインして強烈なシュートを決めた。2点目、左をえぐってのプルバックに疾風のように走り込んでダイレクトで叩き込む。速さという武器を得点に直結させていた。
ある程度の距離を走ると効果のあるスピードを生かすには、スペースがあったほうがいい。かつて、ティエリ・アンリには「5メートル・アドバンテージ」があった。
アンリと対峙するDFの後方に5メートルのスペースがあること。この条件が整えば、アンリはDFの後方のスペースにボールをプッシュし、競走に勝って振り切ることができた。主に左サイドに開いてディフェンスラインを視界に入れオフサイドを回避、斜めのパスを受けて、1人で敵のラインごと置き去りにした。
アンドリー・シェフチェンコも同じような手法で高いラインの裏をよく攻略していた。スピードスターたちは、自らのスピードを生かす方法をよく知っていた。
収めるトップと抜け出るトップ
スピードスターの速さを生かすには、パスの出し手も影響する。ディフェンスラインの後方にある程度のスペースがあることが条件なので、後方からの長いパスが有効なルートになる。エルサルバドル戦では冨安健洋、小林祐希がロングレンジのパスの出し手として永井のスピードと相性が良かった。
もう1つは、比較的距離の近い中盤からライン裏へのスルーパスだ。こちらは厳しいプレスをかいくぐって一瞬の隙をついてパスを出す眼と技術が要求される。中盤にボールがあるのにディフェンスラインが高いということは、ボールにプレッシャーがかかっている状況である。その余裕のない状況下で、パスコースとタイミングを発見し、時を逃さないキックが条件になる。
日本代表の1トップといえば大迫勇也が目下の第一人者だが、大迫がボールを収められるトップなのに対して、永井は裏へ抜け出るトップだ。抜け出るタイプとしては浅野拓磨や鈴木武蔵もいて、日本ではこちらのほうが多いかもしれない。
トップにスピードがあれば、パス1本で決定機を作ることもできるので効果は大きい。ただ、スピードスターは速さを生かすためのスペースが必要なので、相手に引かれてしまうと効果は半減してしまう。
収めるタイプが、敵のラインが低くても高くても効果を発揮できる万能型なのと比べると、スピード型は対戦相手と状況を選ぶ限定使用のイメージがつきまとう。縦だけでなく、横へ開く、斜めに抜けるといった、自らスペースを確保する工夫が必要だろう。
緩急をつける
速く動ける選手はたいてい速く止まれる。エルサルバドル戦の永井の1点目は、トップスピードからの急停止が決め手になっていた。
リオネル・メッシは速いアタッカーの典型だが、いつも速いかというとそうでもない。ドリブルのピッチが短くタッチ数が多いので捕まえられないが、ドリブルのスピードそのものはそこまで速くないときもある。緩急の使い方が細かく、相手の心理まで読んでいるので止められないのだ。
ディエゴ・マラドーナと対戦したある選手は、「目の前から消えた」と話していた。マラドーナも初速が格別だったが、ボールのさらしかたが上手かった。ボールを相手に見せて動きを止め、次の瞬間にはボールごと相手の目の前から消えていた。
結局のところ、サッカー選手は陸上競技の選手ではない。敵との関係で相対的に速ければいいわけで、敵が止まっているときに走っていれば誰でも速いのだ。
スピードスターは絶対的速さという才能に頼りがちだが、緩急の「緩」の使い方が上手いとより速さが生きる。永井もただ速いだけでなく、走るタイミングやコースに工夫がある。自らの速さに自覚のある若い選手たちは、どうやってそれを生かすかを覚えると、誰もが持っているわけではない武器を効果的に発揮できるようになるはずだ。
(文・西部謙司)
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