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96年フランス対ポルトガル。ジダンが引き起こした一瞬の静寂。時代の主役となった1プレーとは?【私が見た平成の名勝負(3)】

シリーズ:私が見た平成の名勝負 text by 西部謙司 photo by Getty Images

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ジダン【写真:Getty Images】

 ジダンはペナルティーエリア外、右寄りでゴールを背にして立っていた。そこへクサビのパスが入る。ジョルカエルの2ゴールを生み出した、妙に粘着力のあるワンタッチパスが再現されるかと思われた瞬間だ。ボールは所在なく宙に浮いていた。

 才能の応酬の末の2-2が面白すぎて、少し疲れていたのかもしれない。筆者は宙に漂うボールを「きれいだな」と思って眺めていた。たぶん、ボールの意味を理解した者はいなかっただろう。

 リターンパスにしては誰に出したのかわからず、ボールも浮きすぎている。奇妙な間が、唐突に白熱したフィールドに生まれていた。全員、虚を突かれていた。まるで何の目的もなく、ただボールを上げたかったから上げたというようなプレーだったからだ。

 ほんの一瞬だが、時が止まっていた。気がつくと1人だけボールの落下点へ動いている男がいる。確信に満ちた背中が見えた。窮屈そうに折りたたんだ右足の丁寧なボレーは、GKの目の前にいたパトリス・ロコへ。ロコが落としたボールをサブリ・ラムシが左へ流し、レイナル・ペドロスが叩き込む。ジダンが引き起こした一瞬の静寂の後、フランスの3点目が決まっていた。

 引き分けばかりだったフランスは、ポルトガル戦を含めて6連勝でユーロ96に臨んでいる。カントナ、パパン、ジノラに代わって、ディディエ・デシャン、ローラン・ブラン、マルセル・デサイーがチームを仕切るようになった。

 攻撃の3人から守備の3人に主導権が移ったのは示唆的だ。ついに1敗もしなかったリリアン・テュラム、ブラン、デサイー、ビセンテ・リザラズの鉄壁の4バックこそがワールドカップ優勝に至る土台である。

 失点はしない。半面、どうやって点をとるかは最後まで確たる答えを持たなかった。ブラジルを3-0で倒して世界王者になった決勝もそれは変わらない。ただ、どうやって試合に勝つかはわかっていた。実際にはそれもよくわかっていないのだが、ジダンがいれば勝てることだけはわかっていた。

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