フットボールは心のよりどころ
90年代半ばには、リバプール港で働く港湾労働者がリストラの危機にさらされ、ストライキが2年以上も続いたことがあった。
そのとき、当時エースストライカーだったロビー・ファウラーは、ゴールを決めるとシャツをめくってアンダーシャツをカメラに見せつけた。
そこに書いてあったのは『CK』の文字。
某デザイナーのロゴにそっくりだったが、よくよく見ると、『DoCKers』と書かれている。港湾労働者(Dockers)たちを支持するメッセージだった。
この行動については、フットボールに社会問題を巻き込むべきではない、という論争も起こったが、ファウラーら選手たちにとってそれは、自分たちのクラブが存在する町、そこで働く人々の身に起きたことは他人事ではないという意思表示だった。労働者階級出身のファウラーは、サポーターたちのヒーロー。ましてや港湾労働者は、ほぼ全員がフットボールを心のよりどころにしていた。
つい先日、リバプールの町中を歩いていたら、壁一面に大きく描かれたモハメド・サラーのストリートアートに遭遇した。フットボール界はその後、ものすごいスピードとともに大きく変わっているけれど、サラーのアートはなんともこの町の空気にしっとり馴染んでいて、リバプールの魂はやっぱり変わっていないのだ、とほっとした気持ちになった。
イングランドには、どの町にも、どのクラブにも、母国ならではのフットボール文化があるといつも感動するけれど、リバプールのそれもまた、ここにしかない、味わいがある。
6月1日、昨年流した涙が、どうか報われますように……。
(取材・文:小川由紀子)
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