ブームがもたらしたもの
その後、なでしこジャパンの象徴だった澤が現役を引退。さらに、リオデジャネイロ五輪の出場権を逃がした。ついて行くべき背中はもうピッチにはおらず、世界に挑むこともできない。なでしこジャパン、なでしこリーグの認知度はワールドカップ優勝を機に間違いなく上がったが、「なくてはならないもの」というところまではいかなかった。
それでも、後に続く世代には様々なものが受け継がれた。世界一になったことで女子サッカー界全体の意識がアップデートされた。もちろん、危機感も――。
2018年秋、なでしこリーグの絶対王者である日テレ・ベレーザである企画が行われた。試合に足を運んでもらうための集客プロジェクト。発案・主導したのは、昨年のアジア大会でなでしこジャパンの10番を背負うなど、存在感を高めていた籾木結花だった。
「2011年のワールドカップで優勝して一気に増えた観客がその後、年々減っていくというのを自分はベレーザで経験してきました。どんどん人がいなくなっていくな、というのはすごく感じていて。
サッカーだけじゃ、興味を持ってもらえないというのは思ったので、そのあたりは女子サッカー選手がサッカーだけでは食べていけないのと同じように、サッカーが強いだけではダメだというのを感じたんですけど、何か一つだけではやっていけないなというのはすごく感じましたね」
慶應義塾大学の4年生だった籾木は当時、淀みない口調で言葉を紡いだ。現状を憂い、アクションを起こさねばという想いが彼女を突き動かした。現役選手が先頭に立って企画を進める――2011年に起きた突然変異的なブームと、終息した“その後”とのコントラストは、籾木に限らず多くの人間に危機感を植え付けたと言える。
2019年5月10日、ワールドカップに出場するなでしこジャパンのメンバーが発表された。世界一の景色を見た阪口夢穂は、怪我からの復帰となる。澤の後に10番を受け継いだ天才はコンディションが心配されるが、今大会もリーダーとして期待される選手の一人だ。籾木も名を連ねている。知性とアイディアを左足に込め、攻撃のアクセントとなるはずだ。
鮮烈だったワールドカップ優勝から約8年。女子サッカー界の勢力図も変化し、なでしこの立場はチャレンジャーだ。フランスの地で、彼女たちはどのような戦いを見せるだろうか。そして大会後、日本女子サッカーはどのような道を歩んでいくだろうか。あの美しい光景をまた見せてほしいと思うと同時に、女子サッカーが定着していくことを願う。
(文:青木務)
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