岡田武史再登板。そして若手を抜擢
松井大輔が右サイドで鋭い切り返しを見せ、左足でクロスを上げた瞬間、ファーサイドの本田圭佑がフリーになった。岡田武史監督が「この男が日本代表を変えるかもしれない」と直感し、満を持して1トップに抜擢した24歳のアタッカーは確実にボールをトラップし、左足を一閃。チームに待望の先制点をもたらした。
虎の子の1点を守り抜いた日本はブルームフォンテーヌの地でカメルーンを撃破。ここから一気に波に乗り、下馬評の低さを覆す快進撃を披露する。1次リーグを1位通過し、ラウンド16に進出。パラグアイとのPK戦に勝っていたら史上初の8強に到達していたところだった。
そんな平成18(2010)年の南アフリカワールドカップでのミラクルな戦いぶりは、今も人々の脳裏に焼き付いて離れないはずだ。
しかしながら、そこまでの4年間は困難の連続だった。ドイツワールドカップでの惨敗を受けて、日本代表監督にはジェフユナイテッド千葉を躍進させたイビチャ・オシム監督が就任。「考えながら走るサッカー」を突き詰めようとしていたが、平成19(2007)年11月に指揮官が病に倒れ、指揮を執ることができなくなった。
そこで再登板したのが、岡田監督だ。フランスワールドカップから約10年。コンサドーレ札幌や横浜F・マリノスを率いて実績を積み上げてきた名将が、翌年から日本代表に戻ってきたのだ。
かつて市川大祐や小野伸二ら若手を大胆抜擢した人物らしく、2度目の代表監督になった時にも19歳の内田篤人や香川真司、21歳の長友佑都や22歳の本田や岡崎慎司を次々とA代表デビューさせた。