ぼやけた視界が一気に晴れた曹監督の言葉
自ら定めた定義に照らし合わせれば、シーズン始動からトルコキャンプの序盤までの齊藤は対極の位置でもがき、苦しんでいた。もっと、もっと成長したいという思いが無意識のうちに背伸びを無理強いし、やがては一丁目一番地であるはずの武器までもが影を潜めてしまった。
自分の感覚と周囲の反応にギャップが生じていた理由を、曹監督の「方向性、間違っていないか」のひと言を介して齊藤は感じ取った。ハッと我に返ったとき、熱いものが込みあげてきた。
「いままでは努力すれば、勉強にしても英会話の習得にしてもすべてモノにしてきましたけど、サッカーだけは上手くいきません」
幼稚園から小学校卒業まで神奈川・藤沢市内のアメリカンスクールに通っていた賜物として、流暢な英語を操る齊藤が頬に涙を伝わせながら、胸中に秘めてきた苦悩を訴える。指揮官はすべてを受け止めたうえで、チームがあって初めて個人が生きると、愛弟子が進んでいくべき道を説いた。
「それは当たり前だろう。勉強は自分一人でやればいいけど、サッカーはみんなでやるものだから。それなのに(一人で)上手くいったら、お前の人生はどうなっちゃうんだよ」
この言葉だけで十分だった。ぼやけていた視界が一気に良好になった夜を、齊藤は「今シーズンにおける最初の転機になると思う」と笑顔で振り返るが、一方で素朴な疑問も残る。曹監督と白石コーチの前で流した、涙の意味は何だったのか。ひとつは自身へ募らせた不甲斐なさがあるだろう。
「曹さんや他の選手たちには、それまで自分ができていたはずのプレーをしていないと映っていた。それを突きつけられ、自分がやりたいことばかりしていると気づいたときに、込みあげてくるものがあったというか。チームが苦しいときに走力やボールを奪うところでみんなを助けて、嫌な流れを変えられるのが自分の武器なのに、自分の土台を忘れてしまっていて」