エースを代える大胆采配の裏側
そこで岡田監督は2トップ2枚替えという大胆策に打って出る。ベンチに置いていた呂比須ワグナーと城彰二を揃って投入。彼らに日本代表の命運を託した。
「岡田さんは咄嗟に判断したと。『自分でもよく分かんないんだ』と後に言っていました。最初に呂比須を入れるというゲームプランはあったけど、『城も呼べ』と言っていたと。僕はもう頭が真っ白。アップもロクにしてなかったから。とにかく点を取らなきゃいけないとだけ考えて入りました」と城は述懐する。カズを交代させるという大胆采配の意味を城自身もしっかりと認識していた。
中田のクロスをこの背番号18がヘッドで叩き込んだ後半31分のゴールがなければ、延長戦にもつれ込むことも、日本がフランス行きを果たすこともなかった。「世界へ行くのは当たり前」だと思っていた彼らアトランタ五輪世代の強気な姿勢が2点目、3点目を呼び起こしたと言ってもいいだろう。
「彼ら若手の刺激は素晴らしかった。ヒデも城も力がありましたし、ふてぶてしいくらいの自信があった。彼らがそういう雰囲気を作ってくれたのが大きかった」と井原もしみじみ語る。岡田監督が若手を思い切って抜擢したことが奏功したのである。
イランが消耗して足が止まったのも幸いし、最後の最後に岡野の歴史的ゴールが生まれ、日本はついにアジアの壁を乗り越えた。この日のラルキンスタジアムの凄まじい熱気と興奮は、当時を知る世代にはもちろん忘れられないものだし、それを知らない世代にも認識してほしい。
世界への扉をこじ開けたこの日があったからこそ、日本サッカーはここまで成長できたのである。
(文:元川悦子)
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