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Jリーグ 6年前

2010年Jリーグ。名古屋が初戴冠、日本代表はW杯16強進出。香川・内田・長友が欧州へ【Jリーグ平成全史(18)】

シリーズ:Jリーグ平成全史 text by 編集部 photo by Getty Images

主な出来事

松田直樹
松田直樹が16年間在籍した横浜FMを退団【写真:Getty Images】

 千葉と柏のJ2降格により、Jリーグ創設以来初めて千葉県内のクラブがJ1にないシーズンに。また大分もJ2降格となったため、J1全18クラブのホームタウンが本州のみになる、1995年以来の珍しい1年だった。

 J1のタイトルレースを制したのはドラガン・ストイコビッチ監督に率いられた名古屋。ワールドカップによる中断後に首位に立つと、以後は一度も順位表の一番上を譲ることなく3試合を残して優勝決定。最終節前に優勝が決まるのは1シーズン制に移行した2005年以後では初のことで、勝ち点72は歴代最多、2位との勝ち点差10も歴代最大と、様々な記録を塗り替えての戴冠となった。

 この年の名古屋は前線に金崎夢生が加入し、最終ラインには田中マルクス闘莉王や千代反田充、中盤にはダニルソンと強力なメンバーを獲得した。左サイドバックの阿部翔平の正確無比なクロスから長身のケネディの頭に合わせる形も他クラブにとって大きな脅威となった。

 名選手の退団も大きなトピックとなった。浦和では2007年のACL制覇に貢献しJリーグMVPにも輝いたポンテが契約満了にともないクラブを去ることに。1995年から16年にわたって横浜FMを支えた松田直樹さんも、この年限りで同クラブを退団することが決まった。退団セレモニーでは涙ながらに「俺、マジでサッカー好きなんすよ。マジでもっとサッカーやりたいっす。本当にサッカーって最高なところを見せたいので、これからも続けさせてください」という熱い言葉を残した。

 南アフリカワールドカップで日本代表はベスト16進出を果たし、そこでの活躍が認められての欧州移籍も増えた。FC東京の長友佑都はイタリア・セリエAのチェゼーナへ、鹿島の内田篤人はドイツ・ブンデスリーガのシャルケへ。ワールドカップ本大会のメンバーからは漏れていたものの、C大阪の香川真司も内田と同じくブンデスリーガのボルシア・ドルトムントへと旅立った。

 これらの移籍は古巣の成績にも大きな影響を及ぼしたかもしれない。FC東京はワールドカップ後の15節から24節まで勝ちなしが続き、一度も連勝できないまま11年ぶりとなるJ2降格の憂き目に。4連覇を狙っていた鹿島も夏以降は引き分けが増えて、最終的にはAFCチャンピオンズリーグ出場権も逃す結果となった。一方、C大阪は昇格組ながら3位と躍進を遂げている。

 残留争いは早々にほとんど決してしまった。湘南は年間3勝、総失点82、リーグ戦21試合連続未勝利、得失点差-51という数々のJ1史上ワースト記録で最下位を脱せないまま1年でJ2へ戻ることに。3年目のJ1に挑んだ京都も開幕から不振続きで、リーグワーストとなる4度目のJ2降格となった。

 J2ではネルシーニョ監督に率いられた柏が他を圧倒する強さで1年でのJ1復帰を実現し、20得点を挙げたハーフナー・マイク擁する甲府も地道に勝ち点を積み上げて2位でJ1へ。ハーフナーはJ2得点王となった。最後のJ1昇格の枠は、1年でのJ1復帰を目指す千葉の追撃を振り切った福岡のものとなった。

 この年はピッチ外での様々な問題もあった。6月末には経営難に陥っていた東京ヴェルディの運営がJリーグ主導になることがクラブの株主総会で決定。10月には大宮の主催試合で観客動員数の水増しが発覚。2007年終盤から58試合で11万人以上が偽って計上されていたことがわかり、Jリーグから2000万円の制裁金が課された。

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