主な出来事
横浜フリューゲルスからヴェルディ川崎へ移籍した前園真聖【写真:Getty Images】
当時はまだ国内移籍が一般的ではなかったが、前園真聖が横浜フリューゲルスからヴェルディ川崎へ、名良橋晃がベルマーレ平塚から鹿島アントラーズへ移籍した。前者は海外挑戦を模索し、代理人を通して交渉したが実らなかった。名良橋は憧れのジョルジーニョとのプレーを希望し、鹿島への移籍を果たした。
中村俊輔がプロ入りしたのも1997年だ。神奈川県の桐光学園高校で大活躍し、鳴り物入りで横浜マリノスに入団。同クラブのジュニアユースからユースに昇格できず高体連に進んだが、高校3年間でメキメキと成長し“古巣復帰”している。
中村は1stステージ第2節・ガンバ大阪戦の55分からピッチに立ち、これがJリーグ初出場となった。さらに同第6節・ベルマーレ平塚戦では初ゴールを記録。得意のFKによるものだった。すでにキッカーとして存在感を放っていた天才レフティーはその後、日本を代表する選手に成長。直接FKによる得点は『24』とJリーグ最多であり、2019年はその数字をさらに伸ばせるか注目される。
1997年のJリーグにおける最大のインパクトは、ガンバ大阪のあのストライカーだろう。カメルーン代表のパトリック・エムボマのプレーは文字通り衝撃的だった。圧倒的な身体能力はJリーグのディフェンダーでは歯が立たず、やりたい放題にゴールを奪い続けた。
特に開幕戦が凄まじかった。ベルマーレ平塚戦の72分、PA手前左から縦に運ぼうとしたところで相手に当たってボールが浮く。その瞬間、エムボマはリフティングをしながら軽やかな身のこなしでマーカーを剥がすと、左足ボレーでゴールを奪ってみせた。結局、エムボマはこの年25得点を挙げ得点王に輝いている。