魚の群れを追うように
サッカー史上最大級のゴールゲッター、ゲルト・ミュラー。チャンピオンズリーグ歴代でも得点率ではいまだにトップである。引退してずいぶん経ってからだが、ミュラーが来日したことがあった。そのときに、どうしても聞きたかったことを尋ねた。
1974年ワールドカップ、西ドイツ対ユーゴスラビア。この試合でもミュラーは得点している。右サイドからウリ・ヘーネスが切り込みながら低いクロスをニアサイドへ、ミュラーはDFの背後から突然飛び出してきた。スライディングしてボールを奪うように自分のものとし、寝転んだままシュートを決めた。どこにボールが来るのかを完璧に把握していたようなゴール。ミュラーの得点感覚は「嗅覚」と呼ばれていたが、なぜそこにボールが来るとわかるのかが不思議だった。
「不思議でも何でもないよ。ヘーネスがああいう体勢でボールを持っていたら、ボールはあそこにしか来ない。場所もタイミングもわかっていた」
ミュラーは質問にあっさり答えた。確信に満ちた「あそこにしか来ない」だった。そこで、なお食い下がって聞いた。「その確信のとおりになる確率はどのぐらいですか?」と。
「20%ぐらいかな」
ちょっと拍子抜けした。ただ、野球でも3割打者なら主力である。ペナルティーエリアの2割は悪い数字ではないのかもしれない。むしろ、8割の確信に満ちた無駄を厭わないから点を取り続けられたのだろう。
パスが来るとわかっていてマークを外すのか、外したところにたまたま来るのか…おそらくどちらもあると思う。藤本は縦のボールも横からのパスもゴールに変えられる。そのための駆け引きを常にしている。魚の群れを追うように、石油が出るまで掘り続けるように。
(取材・文:西部謙司)
【了】