ベンチ入りしないことの利点
託されたのは1トップだったが、放ったシュートは0本だった。前半終了間際には右サイドから放たれたクロスに完璧なタイミングで、相手のセンターバックの間を割って入るように飛び込んだ。ジャンプした頭の先をかすめたボールに、スタンドは大きく沸いた。
「もうちょっといいセンタリングをあげてほしいね。僕がボールに当てるんじゃなくて、向こうが僕の頭に当てるくらいの気持ちで、ね」
ジョークで囲まれたメディアを笑わせたが、自陣にブロックを形成し、しっかりと守備から入る戦い方のなかで、交代するまで守備の「一の矢」の役割をしっかりと果たした。数少ないチャンスでゴール前に顔を出すことも欠かせなかったが、素朴な疑問も残る。なぜ突然先発が託されたのか。
答えはアウェイの栃木戦を前にして、指揮官からかけられた言葉にある。カズを遠征メンバーから外すと告げたタヴァレス監督は「来週以降のために、しっかりと調整しておいてほしい」と続けた。非常な言葉に聞こえるようで、うなずけるものがあったとカズは振り返る。
「ベンチに入ると試合の前日、当日の練習というのがどうしても……ベンチに入っただけで試合に出ないとか、ほんの少ししか試合に出ないとロスが増えるというか。僕の場合は他の選手と違って、コンスタントに練習していかないと、反応が鈍くなったり遅くなったりする。もちろんやり過ぎるのはよくないけど、少しでもいいから毎日練習する方が大事なこともあるので」
試合前日の練習は、セットプレーの確認などにあてられることが多い。調整がメインになるがゆえに練習時間も短く、強度そのものもどうしても落ちる。さらに試合に出なければ体を動かせるのは試合前や、試合中のウォーミングアップに限られてしまう。
昨季までは、いや、モンテディオとの今季の第2節までは、カズ自身も同じアプローチを繰り返してまずベンチ入りを勝ち取り、そのうえでピッチに立つ瞬間を待ってきた。しかし、開幕直後に52歳になったいま、自身の肉体や感覚のなかに少しずつ違和感を覚えてきたのだろう。