森保監督は「罠」を仕掛けていたのか?
現代サッカーにおいて映像やデータを用いた分析とフィードバックは、勝利を目指すうえで欠かせないものになっている。もちろん日本代表のスタッフはサウジアラビア代表の10月以前のセットプレーの映像なども共有して、コーナーキック時にマンツーマンマーキングで守っていた実績があることも把握していたはずだ。
あらゆる可能性を想定して準備を進めていたからこそ、ボールを相手に握られながら誰もが「想定内だった」と言い切れる試合になったのだろう。
コーナーキックではサウジアラビア戦と近いメンバー構成だったグループリーグ第2戦のオマーン戦まではショートコーナーも含めてサインプレーを多用したり、柴崎の蹴るボールは多くがニアサイドのゴールに近い位置を狙っていたり、毎回それぞれが走り込むコースを変えたりしていた。詳しくはプレーしている本人たちしかわからないほど細かな工夫を重ねていたに違いない。
それらに加えてサウジアラビア戦では「罠」と言っても差し支えないほどの変化をつけ、入念に準備してきたコーナーキックを1本目でゴールにつなげた。これまでニアサイドに飛び込むことが多かった冨安はファーサイドに構え、「あまり得意ではない」と自負するヘディングで相手を上回った。選手たちの走り込むタイミングはこれまでよりも若干早くなったように見え、柴崎の蹴ったボールはファーサイドにピンポイントで落とすような軌道を描いた。
森保監督は肝になる部分をほとんど表に出さないため本当のところはわからず、あくまで想像するしかないが、戦略面でサウジアラビアに勝ったと言えるのではないだろうか。先に述べた通り、戦術的な進歩や成果はほとんど見られていないし、これまで手をつけてこなかったロングカウンターの精度にも課題を残している。それでもアジアの頂点を目指す上で勝ちは勝ちだ。
ポゼッション率を高めて主導権を握るだけがサッカーではない。時には相手にボールを握られることもあり、カウンターやセットプレーで試合が決まることもある。そういった多様な顔を見せるサッカーという競技だからこそ、相手や環境によって戦い方を変えながら、精神的にも余裕を持ってプレーできるようになれば、それ即ち強者である。
そのためには選手たちが質を高めるだけでなく、地道かつ緻密なスカウティングや分析、それらに基づいたプラン作りと練習での準備も必要になる。日本代表のサウジアラビア戦の勝利は、ピッチ外での積み上げの重要性を物語っていた。
(取材・文:舩木渉【UAE】)
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