「僕はもうちょっとだけ頑張ります」
おもむろにスマートフォンに着信が入った。画面に表示された発信者の名前を見た瞬間に、ジュビロ磐田のMF中村俊輔は「やべぇ……」と心のなかでつぶやいた。
東京ヴェルディとのJ1参入プレーオフ決定戦を2日後に控えた、今月6日の出来事だったと俊輔は記憶している。電話をかけてきたのは、いまも畏敬の念を込めて「師匠」と呼ぶ川口能活だった。
「いろいろな方々がメールや電話をしていると思ったので、僕はあえて連絡しなかった。そうしたら電話がかかってきちゃって」
SC相模原の守護神として先発し、鹿児島ユナイテッドFC戦を1-0で制した2日の明治安田生命J3リーグ最終節で、43歳の川口は四半世紀に及んだ現役生活にピリオドを打っていた。日本サッカー界をけん引してきたレジェンドだけに、周囲はまだ騒がしいかも、と俊輔は気を使ったのだろう。
ともに所属するマネジメント事務所の忘年会が、今月19日に開催される。電話やメールではなく、直接顔を合わせられる機会で思いの丈を伝えようと俊輔は考えてもいた。それでも間接的に、3歳年上の先輩へ募らせてきた気持ちのほんの一部を、文字にして川口のもとへ届けていた。
今月4日の静岡新聞朝刊に、1ページを大々的に使った『届け! 静岡からヨシカツコール。夢と感動をありがとう』と題された特集が掲載された。静岡県内を中心に、実に100を超える団体や個人が寄せたメッセージのなかに、川口の古巣でもある磐田に加入して2年目の俊輔のそれも含まれていた。
そして、紙面の一番下にあったメッセージには、川口へのねぎらいだけでなく、俊輔の決意とも受け止められる言葉も綴られていた。「僕はもうちょっとだけ頑張ります」と。
磐田との契約は今季限りで切れる。果たして「もうちょっとだけ」とは東京V戦のことだけなのか。あるいは、6月に41歳を迎える2019シーズンのことも指していたのか。件の静岡新聞を手渡されていた川口もそれを見て、思わず俊輔へ電話を入れてきたのかもしれない。