安部裕葵、U-19日本代表を離脱
U-19日本代表はAFC U-19選手権の準々決勝でインドネシアを2-0で下し、来年ポーランドで開催されるU-20ワールドカップの出場権を掴み取った。
2大会連続となる世界への挑戦権を得るための戦いは決して楽なものではなかった。特にその切符をかけた大一番は、地元インドネシアの6万人を超える大観衆が声を張り上げ、激しい雷雨に見舞われた中での一戦。一瞬の気の緩みも許されないギリギリの戦いを制した。
そして激闘から2日後の30日、日本サッカー協会(JFA)からチームから2人の選手が離脱すると発表された。1人はインドネシア戦の前半に左ひざを負傷していたMF藤本寛也、2人目は10番を背負う安部裕葵である。
藤本に関しては大会中に復帰の見込みが立たず、治療を優先するための判断。一方、安部は「クラブ事情」と明かされている。後者が所属する鹿島アントラーズはAFCチャンピオンズリーグ(ACL)で決勝に進出したため、11月3日ホームでの1stレグ、10日にアウェイでの2ndレグが控えている。
キャリアで2度とあるかわからない大舞台に、鹿島は今季リーグ戦19試合出場で2得点を挙げ、ACL準々決勝でゴールも奪っている安部の力を必要とした。それをJFAも理解し、AFC U-19選手権の準決勝と決勝を残した段階での途中離脱を認めたということになる。
もっとも鹿島がACL決勝進出を決めた24日の段階で、安部にU-19日本代表からの離脱の可能性があることは誰もが理解していた。過去にも同様の形でクラブ事情によってチームを離れた例があり、安部も例外ではないと見られていた。
だが、安部は鹿島のACL決勝進出には「あれだけ逆転されても3-3まで持っていけて、決勝に行けるだけの力があるチームというのは間違いない。自分もそのチームの一員ということは自覚していますし、先輩方はチームメイトとして誇らしい存在です」と喜びを語ったものの、U-19日本代表として活動している間、途中離脱の可能性をほのめかしたことすらなかった。