豪州にも「出る杭は打たれる」文化が…
豪州には「トールポピー・シンドローム」という言葉がある。ポピーは、野に咲くケシの花。すっと長い茎の先に赤い花をつける。退役軍人の象徴として、英国由来の豪州文化ではしばしば目にする馴染み深い花だ。野原に群生するケシの花に1本だけ背の高過ぎる花があれば、その花は明らかに周りから浮く。それが「トールポピー・シンドローム」のイメージで、日本語ならば「出る杭を打つ」とでも言い換えようか。アメリカとは異なり、突出した個人主義を嫌う傾向の強いオージーには、いわゆる「特別扱い」を妬む心情が芽生えやすい傾向がある。
年棒面だけでなく、今回の件で前例を見ないほどの優遇を受けることになる本田が、「トール・ポピー」になってしまいやしないか——そこには正直、一抹の不安を感じる。コンスタントに格とクオリティの違いを見せつける「結果」を出し続け、ファンやクラブ、そしてチームメイトに「さすが、ケイスケ・ホンダ」と唸らせるような活躍を続けることが、その不安を取り除くために最低限、必要になる。それに加えて、ファンサービスを惜しまない姿勢をきちんと見せられれば完璧だ。
かつて、本田の偉大なる先達・小野伸二は、リーグ開幕初戦で自らのプレーをもって、そのクオリティの高さを全豪のフットボールファンに知らしめた。その後もコンスタントに観客のみならずメディアをも魅了し続けたことで、豪州国内でフットボール実況の名調子で名高いサイモン・ヒルをして“Tensai”と実況内で連呼させるに至った。
顔を合わせれば、日本人選手の発音や情報を尋ねてくる勉強熱心なサイモンのことだ。すでに、本田が“半端ない”活躍するのを見越して、実況で使う新たな日本語ネタを仕入れているだろう。果たして、「なんてことだ。信じられないほど素晴らしいゴール。本田△!!」なんて実況が、サイモンの口から飛び出ることはあるか。
今回の本田との契約で、Aリーグにおける『マーキー』(注:サラリーキャップの枠外で契約される特別契約の選手)の概念が変わろうとしている。これが、Aリーグにとって良いことなのか、悪いことなのかは、今はまだ判断できない。移籍発表の場で本田は「僕は挑戦が好きだ」と語った。この特殊な状況下でもすべてのコミットメントで一定以上の結果を残せると考えているからこそ、豪州にもやってきたし、カンボジア代表とも仕事をする。それが本田圭佑という男だ。
自ら、眼前の目標設定のバーを高くして、それを1つずつ確実にやり遂げることで成長してきた日本フットボール界の稀代のスーパースター・本田圭佑。豪州、いや、世界中の好奇の目が集まる中、8月15日に行われるメルボルン・ビクトリー入団会見で何を語るのか。そして、どんなやり方で、オーストラリアの地でプロフットボーラー・本田圭佑との存在証明を見せられるか。まずは、15日の会見を待つだけだが、楽しみは尽きない。
(文:植松久隆)
【了】