「ピッチに欠かせない選手」を生かすために
仮に神戸の選手たちが「イニエスタの感覚」に合わせられるようになれば、チームのレベルはぐんと上がる。大槻の言う「相手には読めないけど僕らにはわかる」タイミングを見出すことで、ゴールへの道すじがより見えやすくなるはずだ。
神戸の吉田孝行監督は、湘南戦後の記者会見でイニエスタ投入後のシステム変更について「いつもの4-3-3に戻した」と説明した。前半の4-4-2は前線の動き出しが乏しく、人数をかけて中央を固めてくる相手に対してサイドからのクロス以外に打開策を見出せなかった。
これが今後の戦い方のヒントだとすれば、神戸は今季4-3-3と4-4-2を併用してきたが、「バルサ式」の4-3-3でイニエスタを左インサイドハーフに据える形をメイン戦術にしていくだろう。郷家も「『左の方が好き』ということは試合に負けた後、(イニエスタと)2人で通訳を通して話した」と明かした。
前半戦はルーカス・ポドルスキが務めることの多かった左インサイドハーフにイニエスタが入ることで、チームの攻撃の形や流れは大きく変わる。もちろん負傷中のポドルスキが復帰した後には、チーム全体のバランスを調整し直す必要はあるが、攻撃の迫力の大きさは想像するに難くない。
バルセロナはクラブ公式YouTubeチャンネルに約25分間の「イニエスタお別れ動画」を投稿している。その中でリオネル・メッシが「アリオリ」と称したテクニックがあった。それをセルヒオ・ブスケッツは「ボールを受けたら1人目を体の揺れで崩し、2人目、3人目のマーカーをコロッケ(クロケット)のようにしてしまうスラロームの動きをそう呼ぶんだ」と説明していた。
「アリオリ」とはバルセロナが本拠地を置くカタルーニャ州の伝統料理で、どんな料理にも添える「食卓に欠かせない存在」である。イニエスタとはまさにそういう「ピッチ上に欠かせない選手」なのである。
湘南戦後の記者会見で神戸の新背番号8は「中盤から攻撃にかけての要になるようなプレーをしていきたい」と語った。バルセロナでは中盤から攻撃にかけて「欠かせない存在」ではあったが「要」はあくまでメッシだった。イニエスタ自身は「今までずっとやってきた役割」と言うものの、実際はより勝敗に直結するタスクを担うことになるだろう。
その中で真のプロフェッショナルの日々の取り組みに反応した周りの選手たちが、状況やプレーの判断のレベルをどこまでイニエスタに近づけることができるか。神戸が稀代の名手の力を最大限に生かすための鍵は、己のレベルアップにこそ隠されている。
(取材・文:舩木渉)
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