敵が四分音符ならモドリッチは八分音符
フランツ・ベッケンバウアーは前足の達人で、歩く歩幅のままアウトでポーンと長短のパスを蹴り出していて、シュートもこれで蹴れていた。“皇帝”は生まれつきアウトが蹴りやすい体型だったのだが、同時代のボルフガング・オベラーツやヨハン・クライフもアウトサイドの名手だった。
実は前足の利点はキックだけでなく、プレー感覚の違いにつながっていると思う。すでに前方にある足を使えるかどうかでプレーの幅に大きな差ができるからだ。例えば、ドリブルするときに普通に歩くのと同じ足の運び方しかできなければ、右足でタッチしてから次の右足のタッチまでの間には、左足を前に出していなければならない。
ところが、右足でタッチした後、そのまま右足が前、左足が後ろのまま再び右足で触れればワンテンポ早くプレーできる。柔道のすり足のように小さなステップで右足を前に出したままプレーするわけだ。前足の感覚を持つ選手は自分のプレーにそれだけ幅ができ、時間を操作できる。
前足の鋭い感覚を持つモドリッチは、敵を観察してプレーを早めたり遅らせたりして、ベストのタイミングを計る。タックルをぎりぎりでかわし、鼻先でパスを通す。敵のタイミングが四分音符ならモドリッチは八分音符に分解できるのだ。
(文:西部謙司)
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