西野監督がコンバート。名古屋時代の貴重な経験
さらには、相手ボールに転じた刹那にかけるプレスの「一の矢」を何度でも、執拗に担うために必要な無尽蔵のスタミナが備わっていることも、FC東京でのプレーで証明された。苦しい時間帯で歯を食いしばり、自分自身を奮い立たせられる心の強さも然りだ。
もちろん、Jリーグの戦いと国際Aマッチ、それも最高峰となるワールドカップとは次元が異なる。しかも、国内組だけの編成で臨んだ2015年8月の中国代表との東アジアカップ(現EAFF E-1サッカー選手権)を最後に、永井は日本代表に招集すらされていない。
しかし、ロシア大会まで2ヶ月あまりと迫った段階で、ヴァイッド・ハリルホジッチ前監督が電撃的に解任された。そして、技術委員長から昇格する形で慌ただしく船出した西野朗新監督は、名古屋グランパス監督時代の2015年4月に、永井のスピードを介して成功体験を得ている。
開幕から4試合を終えたグランパスはリーグ唯一の未勝利で、1stステージの最下位にあえいでいた。そして、ホームの豊田スタジアムにサンフレッチェ広島を迎えた第5節で、西野監督はシステムをそれまでの「4‐2‐3‐1」から、サンフレッチェと同じ「3‐4‐2‐1」に変更する。
そのうえで左サイドハーフを主戦場としていた永井を、1列下げた左ウイングバックで起用した。標的は豊富な運動量と多彩なテクニックでチャンスを作り出す、相手右ウイングバックのミキッチ(現湘南ベルマーレ)。永井のスピードをもって、ミキッチの脅威を無に帰す戦い方を講じたわけだ。
果たして、グランパスは2‐0の快勝でシーズン初白星をあげる。永井はスピードだけでなく、粘り強いチェイシングでミキッチに仕事をさせなかった。最終ラインに吸収され、守備に忙殺される時間が大半を占めた展開で、攻撃面でも大仕事を演じてみせた。
両チームともに無得点で迎えた前半アディショナルタイム。自陣から長い距離をトップスピードで駆け上がってカウンターの推進役を担い、FW川又堅碁(現ジュビロ磐田)の先制点をアシストした。
「永井でなければ、今日のような対策は上手く機能しなかった。ディフェンスに追われ、ミキッチを抑えるだけでなく、攻撃の推進力も出してくれた。アップダウンを何度も繰り返して、チームに全体的なバランスをもたらしてくれた」