「恥かいてるだけなんで」。吐露した言葉
俺を使ってくれ――。
選手一人ひとりを注意深く観察する名波浩監督が、強い闘志を全身から放つ者の存在を見逃すはずはなかった。
「ウォーミングアップ場を見たら目をギラギラさせていたから、ファーストチョイスで起用した」
一刻も早く、タッチラインの内側へと飛び出したかった。昂ぶる感情を抑えるつもりはない。この日の対戦相手は、少年時代を過ごした古巣だった。
明治安田生命J1 リーグ第13節、ジュビロ磐田は柏レイソルに2-1と逆転勝利を収めている。川又堅碁の決勝ゴールを演出したのは、柏のアカデミーで育ち、大卒3年目を迎えた荒木大吾だった。
後半終盤の84分、右サイドのスペースに走り込むと、そのまま加速する素振りを見せる。対峙したのは中山雄太だ。東京五輪世代のCBを鋭い足捌きで翻弄。逆を取った瞬間、一気に縦へ仕掛ける。右足で擦り上げるように蹴ったボールは、前線で身体を張り続けたストライカーの頭にピタリと合った。
「ボールが良かった」と、川又は荒木のクロスを称賛する。最初の交代カードとして背番号27を送り出した名波監督も「リラックスしていたね」と満足そうな表情を浮かべた。
「ここまで長かった。でも、まだまだですよ」
勝利に貢献できた喜びに浸りつつ、荒木は先を見据えて言った。2016年に大卒で磐田に入団し、光るものを見せてきた。だが、なかなか戦力として定着できなかった。満を持して臨んだ2年目の昨季は、8月のセレッソ大阪戦で大怪我を負ってしまう。右腓骨骨折、右足関節靱帯損傷と診断された。忸怩たる思いを抱えたまま、彼の2017シーズンは終わった。
「恥かいてるだけなんで」
その年のある日、荒木はそんな言葉をふと口にしている。