中世的英雄
CL決勝の異なる2試合で得点した選手は5人いるが、DFはセルヒオ・ラモスだけだ。勝負どころのセットプレーで無類の強さを発揮している。
たんに空中戦に強いだけでなく、ラモスには優れた得点感覚が備わっている。ユース時代はFWでもプレーしていたようで、そのままやっていればフェルナンド・トーレスのようなストライカーになっていたかもしれない。
世の中には根拠なく自分が一番と思っている人間がいる。どんな危険に直面しても、なぜか自分だけは無事だと信じている。鉄砲の弾は当たらず、相手の拳は空を切るものだと思っている。そういう人たちは、怖がるからかえって危険なのだと言う。ラモスがそういうタイプだというわけではない。ただ、いくつかの瞬間には濃厚にその匂いがする。その一瞬に躊躇なく、文字どおり命がけの行動をとるからだ。
敵が思い切りボールを蹴飛ばそうとしているところに頭から突っ込み、敵の頭ごとヘディングで押し込もうとする。危ないなんて感じていたらできることではない。もうその瞬間のラモスは無になっているのだろう。もちろん危険は承知のうえなのだろうが、そんなハードルなどなかったように軽々と越えていく。
何人か存在する真の戦士であり、彼らにとってサッカーはただのボールゲームなどではない。肘をかまし、膝を入れ、頭と頭をぶつけ合う・・・フィールドはそういうことを合法的にできる場所なのだ。もちろん見とがめられればレフェリーによってフィールドから追放されてしまうが、見逃されることのほうがずっと多い。だから彼らは全く自重する気がない。ラモスもそうで、戦うのが楽しいのだ。
サッカーの起源は街ぐるみで行われた暴動みたいな球技だった。ラモスがそのころに生きていれば、たぶん街の英雄だったろう。もちろん、現在でもセルヒオ・ラモスは英雄の1人には違いないが。
(文:西部謙司)
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