決して恵まれた環境ではないサッカー指導者。業界に一石を投じる可能性
導入まではできたとはいえ、実際に運用していくのは簡単ではない。現場からも最初は戸惑いの声があったという。ソルティーロで現場を取り仕切るダイレクターの太田亮氏が導入当初を振り返る。
「率直に言うと、難しいなという感覚を持っているスタッフが多かった。(コーチの)キャリアがある人はそもそも(コーチングは)測れるものではない、という前提があった。一方、キャリアが浅い人は評価されることがどういうことかわからない。逆に難しく感じていた。ですので、マネジメント層にミーティング機会を設けて解消していきました。最終的には言葉は悪いですが、『騙されたつもりでやろうぜ』ともっていきましたね」
基準となる言葉が、誰にでも理解しやすいものになっているか。どういうタイミングで教えていくべきか。サッカーの楽しさを教えるためにはどうしたらいいか。それらはかなり議論したという。それでも、現場のコーチ陣にはすんなりとは理論が浸透しなかった。そこは1つひとつマネージャークラスの人間が紐解いていって疑問を解消していったという。
この制度はまだ走り出したばかりだが、徐々に意識の変化が見られている。実際、コーチ陣の待遇改善につながる可能性があるという。以前は、きちんと自分が評価されているのか不安に思っているスタッフもいたという。ソルティーロは指導者をすべて正社員雇用しており、彼らのキャリア形成も今後を見据えた上で課題となっていた。
サッカー指導者は決して恵まれている環境で働いているとはいえない。特に育成年代の指導者は待遇面で厳しい条件下で働いていることも多く、アルバイトを掛け持ちしている人も少なくない。熱意を持ってキャリアをスタートしても長続きしない場合も多い。そうしたなかにあって、ソルティーロの人事制度は業界に一石を投じることになるだろう。
前例のない取り組みだが、本田は目指すべき点を明確に定め、そこに到達するための制度を整備したに過ぎない。それは経営者として当たり前の姿でもある。もちろん、その当たり前を着実にこなしていくことは極めて難しいのだが。
(取材・文:植田路生)
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