人間メトロノーム
ノーエラー主義の権化といえば、クロースの先輩であるフランツ・ベッケンバウアーがそうだった。
「フランツほどの選手なら、簡単にタッチラインの外へ蹴り出さなくても良さそうに思えるのだが、後で見返してみるとそれがベストだったと気づく」(ヨハン・クライフ)
もしかしたら30%ぐらいは成功するかもしれないプレーを選択するのではなく、常に100%のほうをとる。成功すれば観客が総立ちになるかもしれない選択を全く惜しげもなく捨てる。そういうことができるのが「皇帝」だった。自陣ペナルティーエリア内でドリブルして2人を外したり、ゴールを横切るサイドチェンジなど、ベッケンバウアーはたびたびセオリー無視のプレーをしてファンをひやひやさせることも多かった。ただ、それで失敗したことはほとんどない。本人には全くリスクのない範囲内でやっていたからだ。
クロースはベッケンバウアー以上のノーエラー主義だ。ミスを恐がっているわけではなく、ミスができない体質なのだろう。ベッケンバウアーの人を食ったプレーぶりは、その技術レベルの高さからくる余裕だったが、クロースには危ないと思わせる雰囲気すらない。
人間メトロノーム。正確無比のクロースはまるで機械のように無愛想だけれども、生身の人間がやっていると思えば凄いとしかいいようがない。いかにAIの時代になろうとも機械が人になることはない。だが、人は機械になれるのかもしれない。
(文:西部謙司)
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