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イニエスタが達人たる所以。無駄も無理もなし、常に導き出す最適解【西部の目】

シリーズ:西部の目 text by 西部謙司 photo by Getty Images

「見えてしまう」域

 1980年代の名手だった木村和司が、ある試合で見事なシュートを決めた。ここしかないというコースへ蹴り込んだのだが、そのときに「シュートのコースが光ってみえた」と言ったという。シュートする前に、ボールが飛ぶことになる道筋が示されているように見えたという意味だろう。「光ってみえた」というと超常現象みたいだが、サッカー選手はたいがい似たような体験はしているに違いない。

 ドリブルしていて「あ、こっちなら抜けるな」と感じることは普通にあるだろうし、何かに導かれるように針穴を通すスルーパスのコースが見えてしまう、GKの動きが止まって見える、こうしたことは神秘的でも何でもなく日常的に体験できる。はっきり自覚はできないが、やはり見えているのだ。

 普通の選手ならごくたまに「見えてしまう」ものが、イニエスタには常に見えるのではないかと仮説を立ててみると、なぜ彼には見えるのかという疑問に行き着く。筆者はその答えを持たない。ただ、見ようとしないものは見えないだろうという当たり前の結論を導くことはできる。

 遠藤保仁は俯瞰的な視野を持つ希有な選手だが、生まれつきそういう目を持っていたわけではない。子供のころに指導者から「周囲をよく見なさい」と教えられ、普段の生活から周囲を見るように自ら習慣づけた。数年を経過すると、「敵味方全員の誰がどこにいるかわかるようにしたい」という目標はほぼ達成され、「勝手に目に入ってくる」「見ないでもだいたいわかる」という段階へ移っていったという。

 見えてしまう域に到達する最初には、見ようとする意志が決定的なのではないか。

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