エースをマークするエース
ファンタジスタがファンタジスタをマークする。ミスキャストの極みのようだが、意外とあるのだ。
1966年ワールドカップ決勝、イングランドの攻撃のすべてを握る男、ボビー・チャールトンをマークしたのは20歳のフランツ・ベッケンバウアーである。
西ドイツは最大の攻撃カードを自ら捨てたことになるが、そうまでしてもチャールトンを止めなければならないと考えていた。このときの西ドイツの中盤はベッケンバウアーのほかにボルフガング・オベラーツとヘルムート・ハーラーがいたが、いずれも攻撃型の選手。チャールトンを抑えられる可能性があるのはベッケンバウアーしかいないと判断したようだ。
ベッケンバウアーは奮闘してある程度の制御はできていたが、イングランドに疑惑のゴールで敗れたので作戦成功とは言い難い。それ以上に西ドイツの作戦は「弱気」と批判された。
1970年、4年後の準々決勝でベッケンバウアーはリベンジを果たし、イングランドを自らのゴールとともに打ち破っている。ただ、彼が「皇帝」になったのはリベロとして君臨するさらに4年後だ。もう誰もマークする必要がなかった。
1986年ワールドカップ決勝、ディエゴ・マラドーナをマンマークしたのはローター・マテウス。マテウスはダイナミックなMFで西ドイツのエース格だった。だが、マラドーナをマークできるのはマテウスしかいなかった。ベッケンバウアーと似たケースといえる。
マテウスもあらかたマラドーナを封印したが、勝ったのはアルゼンチンである。そしてマテウスも4年後にリベンジしている。1990年イタリアワールドカップ決勝、マテウスはリベロとして全軍を統率、アルゼンチンを破って優勝した。マラドーナのマークはギド・ブッフバルトに任せている。
コバチッチがメッシ番にされている理由は、ベッケンバウアーやマテウスの場合と同じだ。攻撃で発揮される多彩な技巧とステップワークは、守備面で読みとアジリティとして発揮される。メッシの素早さに対抗できるのはカゼミーロの強さよりもコバチッチの速さなのだ。
コバチッチ対メッシは幕を開けたばかりかもしれない。クラシコがまだ残っているし、CLでも対戦する可能性がある。少なくとも、6月21日にはロシアでクロアチアとアルゼンチンの対戦が決まっている。メッシをマークするなら、モドリッチでもラキティッチでもなく、やはりコバチッチになるのではないか。
(文:西部謙司)
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